ChatGPT、Gemini、Copilotといった生成AIは、あっという間に私たちの日常に浸透しました。メールやExcelなどと同格のオフィスツールとして活用している企業も増え、また学生の間では学習ツール、あるいはレポート作成ツールとして欠かせないツールになりつつあります。
とは言え、生成AIの普及状況には業界格差があるのも事実です。
一般論ではありますが、ITリテラシーが低いとされる物流業界では、「AIの有効な活用事例は他業界ほど進んでいないのではないか?」と感じている方もいることでしょう。
今回は、生成AIだけではなく、従来のAIも含め、物流産業における活用事例、そして可能性を考えましょう。

物流産業に限らず、世の中で活用されるAIは、主として4つのパターンに大別されます。
それぞれについて、物流産業での活用方法を考えましょう。
物流現場には、現場から得た「勘と経験」をもとに最適化を目的とした高度な意思決定を求められる業務が数多く存在します。その代表が配車業務です。
筆者が取材した事例をご紹介しましょう。
「超熟」を代表とする「Pasco」ブランドでパンを製造してきた敷島製パン(愛知県名古屋市)は、自社製品を販売店に配送するスケジュールや配送ルートを策定する配車業務に配車システム「Loogia(ルージア)」(オプティマインド)を導入しました。その効果は大きく、一日あたりの配送距離を約3,000km、時間にして110時間削減することに成功したそうです(2024年10月時点)。
配車業務を行う通称「配車マン」は現場に対する深い理解、道路状況や地理的条件に対する知見、そして改善基準告示を筆頭とする各種法令に対する理解と実践能力が求められる、極めて専門性の高い人材です。
しかしそれゆえに、新たな配車マンの育成には各社苦労しています。
また運送事業における大黒柱である配車マンが急病等によって戦線離脱したことによって、現場がのっぴきならない状況に追い込まれたというエピソードは枚挙に暇がありません。
あくまで筆者の肌感ですが、こういった属人化や後継者育成などの課題に対処すべく、近年、徐々に配車システムの導入が拡大しているように感じています。
この背景には、「人が立案した計画が本当の意味で最適なのか?」という経営側の疑念もあります。これはベテラン担当者の「勘と経験」に基づくアウトプット(配車計画)は、その専門性ゆえに容易に再現できないため、レベルや品質の検証も難しいという事情も影響しています。
こういった事情や懸念をクリアすべく、人が作成した配車計画を、AIで再計算したり、あるいは検証させることで、属人化脱却と品質の定量的な担保と継続を実現するわけです。
一方で、物流の現場では作業そのものの難易度は低いものの、その作業量ゆえに大きな負担がかかっている業務も少なくありません。その1つが紙書類の処理です。
物流の現場では、未だにFAXによる入出庫指示や配送依頼などの紙書類が幅を利かせています。これを改善し、デジタル化を推進しようとしても、特に受発注など取引先(※運送会社からすると、荷主や協力会社)とのやり取りがFAXで行われている場合、相手の事情が絡むので難しいです。
そこで紙書類をOCRによって読み取りデータ化し、業務システムに取り込もうというプロジェクトが始動しています。
この取り組みでは、ウイングアーク1stが、FAXによる受発注データをOCRでデータ化し、物流DXプラットフォーム「IKZO Online」など複数の業務システムに取り込むとのこと。
この一連のプロセスにおいて、識字精度向上をChatGPTで実現するというプロジェクトです。
実は「紙書類をOCRによってデータ化することでデジタル化を進める」という試みは、特にRPA(Robotic Process Automation)が普及し始めた2020年前後から様々な企業が取り組んでいました。ところがOCRを用いた取り組みは事前準備の難易度が高いわりに、精度が低く、実用化は一部の大企業に限られていました。
筆者が取材した事例をご紹介しましょう。
ある建材メーカーでは、工務店などからFAXされる発注書をOCRでデータ化し、RPAによって受注システムにインポートすることを実現しました。しかし、この一連の仕組みを作り上げるために、1年半以上を要したそうです。
時間を要したのは、複数書式の発注書を把握、それぞれを解析し、記載された内容を受注システムのデータフィールドに合致させる作業でした。
RPAは、PC作業を自動化するツールですが、その処理内容について、逐一正確に指示を出さなければなりません。
人と違い、RPAは融通がききませんから。
「このテキストは発注日を示しています」「この帳票では『発注日』ではなく『注文日』と記されていますが、同じ情報を指しています」といちいち定義する必要があるのです。
こういった作業は、生成AIが普及した今では大幅に改善されています。なぜならば、書式が異なっても、あるいは「発注日」「注文日」のようにデータラベルの相違があっても、生成AIが差異を理解し、データをマージしてくれるからです。(もちろん、現時点での精度は人には劣ります)
ある3PL企業では、荷主への事故報告書の作成において、生成AIを活用しています。
事故報告書作成支援のためのプロンプト(※ 生成AIへの命令文)をあらかじめ用意し、貨物の破損が発生した日付、状況、原因などを入力することで、事故報告書を生成AIで作成できるようにしているのです。
また再発防止策についても、生成AIを壁打ち相手に用い、その精度を向上させています。
ある荷主ではなぜなぜ分析※を導入しており、この3PL企業ではなぜなぜ分析の実施と、その分析結果に基づく再発防止策の立案に苦労していました。
「この事故って、『倉庫作業員の不注意でした』しかありませんよね!?」と開き直る現場担当者と、「それじゃお客様が納得しないから、もうちょっと考えようよ!」と諭す管理職のやり取りが繰り返されていました。
しかし生成AIを導入してから、現場担当者は「なるほど、こういう考え方もあるんですね!」といった気づきと学びを生成AIから得られるようになり、再発防止策立案に要する時間を大幅に削減できるようになったそうです。
※ なぜなぜ分析
トヨタ生産方式の1つ。特定された課題に対して「なぜ?」という問いを繰り返し(※ 多くの場合は5回)投げかけることで、表面的な対症療法に留まることなく、隠された本当の原因を見つけ出し、より精度の高い再発防止策を編み出す手法。
先日、政府が推し進める物流革新政策を担当する国土交通省、経済産業省、農林水産省などの担当者と、国会議員の有志、中小運送会社の経営者らが意見交換を行う日昇会に参加しました。
この会合において、ある経営者から「改正物流関連2法などについて、生成AIを活用し、より活用しやすい形で情報提供することを検討してほしい」という要望が挙がりました。
物流に限った話ではありませんが、法令遵守のための知識習得はとても手間がかかり、難易度も高いです。法令にせよ、そのガイドラインにしても文章が総じて難しく、またボリュームもありますからね。
例えば、職業ドライバー向けの労務コンプライアンスを定めた改善基準告示とそのガイドラインを生成AIに読み込ませれば、不明点を質問することもできます。また、「このようなケースはコンプライアンス違反になるのか?」といったケースパターンを質問することもできるでしょう。
さらに言えば、Geminiなどでは理解度を試すテストを生成してくれます。法令やガイドラインを熟読した後でテストを行えば、より理解は深まることでしょう。
他にも、集荷・配送先の軒先情報を生成AIに読み込ませておくことで、アーカイブを作成するといった使い方も始まっています。ドライバーは、「本日の配送先◯◯における注意点を挙げてください」と生成AIに依頼すれば、容易に軒先情報を得ることができるようになるわけです。
このように物流領域におけるAIの活用方法を紹介すると、中には「やはりAIの活用領域はソフトウェア関連が中心なのか...?」と考える物流関係者もいらっしゃいますが、そんなことはありません。
例えば、「ヒューマノイドロボットがいよいよ現場に? 山善が物流現場での試験導入を公開」という事例では、ヒューマノイド型ロボットが初見の商品をピッキングし、折りたたみコンテナに収納する様子が紹介されています。
これも人が備える認知機能をカメラと対象物認知AIによって再現した事例です。
これは先端的なAI活用事例なので、もっと以前からある事例も紹介しましょう。
ラック型自動倉庫ソリューションでは、入出庫や仕分け・ピッキング作業などが行われない夜間帯などに、AIによって自動的に配置換えを行うことが標準仕様となりつつあります。
過去の出荷実績や、翌日の出荷情報などをラック型自動倉庫ソリューションのオペレーションシステムが精査し、作業効率がより高まるようにラックの配置換えを行うわけです。
このようにAIが人の認知機能を再現したり、あるいは高度な意思決定や最適化を行うことでハードウェアを制御するといった使い方は、物流ハードウェアの領域でも急速に普及しつつあります。
ここまで物流領域におけるAIの活用事例をご紹介、あるいは考えてきました。
読み進めていただいた読者の中には、「ウチにはまだ先のことかなぁ」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。そもそも生成AIに対し、「難しそう」「ややこしそう」、あるいは理屈ではない拒否反応を感じてしまう方もいらっしゃるでしょう。
ある3PL企業の営業課長は、以下のような質問から生成AIを活用し始めました。
このように、まず自分が身近にできることから生成AIの活用に取り組み始めたのです。
彼は自ら学んだ生成AI活用方法を現場や部下らに共有し、社内における生成AIの普及に努めました。先に挙げた事故報告書の作成や、なぜなぜ分析の壁打ち相手といった使い方は、取り組みの結果として生み出されたものです。
「習うより慣れろ」──生成AIも同じです。
また先入観を持たず、生成AI自身に「こんなこと、できるかな?」「もしかしてあんなこともできる?」と尋ねることも大切です。
AIは、これからの私たちの生活には欠くことのできないパートナーとなりつつあります。使うことでAIの特性を理解し、その可能性と限界を知らなければ、より有効なビジネス活用方法も思いつきません。
AIは、良くも悪くも道具でしかありません。
AIがどんなに進化を果たしたとしても、道具であるAIを使いこなせるかどうかは、あなたの感性にかかっていることを忘れてはならないのです。
Pavism代表。「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、執筆活動や、ITを活用した営業支援などを行っている。ビジネス+IT、Merkmal、LOGISTICS TODAY、東洋経済オンライン、プレジデントオンラインなどのWebメディアや、企業のオウンドメディアなどで執筆活動を行う。TV・ラジオへの出演も行っている。
※本文中で使用した登録商標は各権利者に帰属します。