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建設DX関連記事 スポーツイベントのDXでアスリートを可視化!?
~階段垂直マラソンでICT技術を導入すると驚きの効果が~

ニューヨークのワールドトレードセンター(高さ382 m)やドバイのジュメイラ・エミレーツ・タワーズ(高さ265 m)など、世界各地を代表する超高層ビルや塔の非常階段を駆け上がるマラソンレースをご存じでしょうか?
日本でも世界大会として2016年から開催され、フルノでは2022年からこの階段垂直マラソンに技術協賛をしてきました。東京スカイツリー(高さ450 m)で開催された大会では、電波の届かない非常階段内でのWi-Fi環境構築と、それによりWebカメラでの映像ライブ配信を実現しました。2年目となる今年は更にICT技術を導入し「アスリートのバイタルデータ可視化」に挑戦しました。その当日の様子をレポートします。

 階段垂直マラソンに技術協賛した経緯とは?

フルノではこれまで、大西洋を単独で横断するヨットレース「ミニトランザット2019」やダブルハンド世界一周ヨットレース「GLOBE 40」といったマリンスポーツに協賛をしてきました。そうした中、陸上の、しかも階段を昇るという一風変わったスポーツイベントから声がかかったのは、フルノがビル建設現場の階段室などを活用して無線LAN環境を構築するWi-Fiシステム「ウェーブガイドLAN」が目に留まったことがきっかけでした。イベントの総合プロデューサーである奥野氏からラブコールをいただき、フルノはこのイベントのライブ配信を実現する、Wi-Fiシステムの技術協賛をする運びとなりました。

パブリックビューイングの様子

レースは閉じられた非常階段で行われるため、これまで観客は現地で観戦することができませんでした。階段内にWebカメラを数台設置し、Wi-Fi経由でレースの様子をライブ配信したことで、会場近くのパブリックビューイングで多くの方にお楽しみいただく事ができました。

 階段垂直マラソンでアスリートのバイタルデータも可視化

昨年に続き、2023年大会でも技術協賛の打診をいただいた際、よりレースの臨場感を体験できることはできないか?そんな議論が起こり、当社技術研究所と経営企画部からなる社内プロジェクトチームが立ち上がりました。
ポイントは「可視化」。Webカメラは設置した場所での定点観測は可能でしたが、階段全てを網羅的に可視化するには、機器の台数が多くなります。特にこのようなスポーツイベントでは設営時間の制限から、設置と撤去の作業をスムーズに行う必要があり、簡易なシステムで構成する必要がありました。
そこで着目したのが、リストバンド型のバイタルセンサーでした。アスリートの心拍数をレース中にモニターできると面白いのでは?そんなアイデアを実現すべく、今回の階段垂直マラソンのために特別なシステムの開発が始まりました。

システム構成としては、アスリートが取り付けたバイタルセンサーが取得したデータをBluetooth経由でゲートウェイが収集し、そのデータをWi-Fi経由でクラウドにアップロードします。

開発したシステム構成

ゲートウェイは小さな容量のバッテリーでも十分動くほか、全ての階に置く必要はありませんでした。上下の複数階にBluetoothの電波が届いたため、60階からなるあべのハルカスの会場でも10台程度を設置するだけでシステム構成ができました。そのため設置撤去の作業も簡素で、設営も迅速に行うことができました。

ゲートウェイの設置イメージ

バイタルセンサーで取得できるデータは心拍数と緊張度のほか、内蔵の気圧センサーで得られた気圧から高度を算出することも可能でした。気圧は毎日変化するため、当日の校正は必要でしたが、±50 cm程度の精度でデータが得られたため、高精度な高度推定が可能でした。レース当日に向けてパブリックビューイングで表示するためのアプリ開発も着々と準備が進められました。

 可視化で驚きの効果、世界初の試みに!

画面表示のイメージ

当日、バイタルセンサーを取り付けてくれたのは、この業界で知らない人はいないエリート選手の皆さんのほか、タレントの森脇 健児氏、マラソン選手の福田 穣氏、下門 美春氏、インフルエンサーのきゃっするひとみー氏といった会場を盛り上げるゲスト選手の皆さん。

いよいよエリート選手が一斉にスタート。パブリックビューイングの画面には各選手が階段を昇っていく様子がリアルタイムに表示され、開発陣はまずシステムが正常に動いたことに安堵しました。

パブリックビューイングのステージではMCの山口氏、システムの開発を務めた当社、宮崎氏、タレントの森脇氏が画面を見ながら実況中継を行いました。
各選手のゼッケン番号のラベルが、スタート地点からゴールを目指して動いていき、そして、高さのほか、選手の脈拍と緊張度もリアルタイムに表示されました。
これまでの大会と同じく、スタートとゴール位置にセンサーを設置し、タイムを測定したほか、映像面では定点カメラが数台導入されました。しかしながらタイムはゴールして初めて知ることができるため、レース中MCが実況するための情報にはなりませんでした。また、カメラ映像はどの選手がポイントを通過したかを知るには有用ですが、カメラを設置していない階が多いため、次のカメラの映像が得られるまでのインターバルが課題でした。
今回の大会では常に選手の位置と状態が可視化できたことで、パブリックビューイングの盛り上げや、大会の臨場感を得ることに大いに貢献することができました。
閉じられた階段室内の激闘を可視化したこの取り組みは、スポーツ界においても前例がなく、世界初の取り組みになりました。

パブリックビューイングのステージの様子(左から山口氏、宮崎氏、森脇氏)

高度チャート(エリート男子選手)

さらに大会終了後に得られた選手データを分析してみると、あることが分かりました。トップを競う選手ほど、高度チャートが直線を描いており、ペースダウンが見られませんでした。

ラップタイム(エリート男子選手)

更にあべのハルカスは高さが約300mですので、これを100mごとに区切り、各区間のラップタイムを見たところ、ペース配分が勝利のカギを握っていることが分かりました。

緒方 航選手は20 階(高度約100m)まで区間6位で通過するものの、自分のペースを守り切ったことで、平均ラップタイムの誤差(ペースバラツキ)がわずか1.7 秒というペース配分で優勝しました。一方、2位となった高村 純太選手は、先行逃げ切りで攻めたものの、後半にペースダウンし、平均ラップタイムの誤差が20.3秒と大きくなり遅れました。

ストレスレベル(エリート男子選手)

この傾向はエリート女子選手でも同様で、ペースの維持が重要であることをデータで示すことができました。次回のレースを戦うアスリートにとって、非常に有益なデータを得ることができました。

また、各選手のストレス度をバイタルセンサーから読み取り、パブリックビューイングのステージで公開しました。ストレスレベルは「0~5」の範囲であれば正常、「6~12」は要注意で、それ以上は非常に高いストレス度を示します。ストレスレベルが10を上回る選手は少ない中、緒方 航選手は、スタートから7分あたりまで10 から13 と高いレベルで推移しており、高いストレス度の中、安定したラップタイムを維持していたことが分かりました。

今回の取り組みは元々、建設現場内での作業員やモノの位置と状態をリモートモニタリングするシステムを開発する中で、スポーツイベントでのアスリートの可視化にも活用できないか?というアイデアが出たことがキッカケでした。今回の取り組みは選手の位置やラップタイム、さらには走行中の選手のストレスレベルをパブリックビューイングでリアルタイムにモニタリング出来たもので、まさに狙い通りのシステムを実現することができました。

開発中のアプリ画面のイメージ

これまで、数台の定点カメラだけで競技の可視化を行っていた大会と比較すると、アスリートの可視化をコース全体で実現できたことは、応援者や運営の皆様にとっても非常に意義があり、イベントの価値をより向上させることができました。
本取り組みは、スポーツイベントや建設現場だけにとどまらず、健康需要に伴う、都市部高層ビルでの健康管理施策や、学校における生徒の健康安全管理など、様々な環境での活用もできると考えています。

 ステアクライミング 総合プロデューサー 奥野 晋一郎氏のコメント

今年の大阪大会は、昨年ドバイでスタートした世界選手権大会を日本にはじめて誘致(2023WORLD STIRCLIMBING CHAMPIONSHIPS)しての開催となりました。本競技を、”観ても楽しいスポーツ” にする為、FURUNO様には「ウェーブガイドLAN」技術を活かし垂直方向への安定したWi-Fiのインフラを確立いただきました。これにより現地会場でのパブリックビューイングやライブ配信を実施でき、階段内でのレース中の模様を多くの方にお楽しみいただく事ができました。さらに、この大会の為に特別に開発いただいたレース中の選手のバイタルデータ(走行中のストレス度)や位置情報を一度に観れる仕組みを創っていただきました。会場ビジョンに選手映像と併せて選手の数値データを観ながら応援できるスタイルは世界の他の国々でも実施していない画期的な取り組みとなりました。この仕組みをさらに応用すれば、日頃から階段を上る動機づけになると強く感じます。

関連リンク

フルノ製品情報「建設現場向けリモートモニタリングシステム」

記事のライター

石野祥太郎

石野 祥太郎   建設DXジャーナル初代編集長/古野電気株式会社

無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進

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