建設業において現場のDXを実現、推進するにはさまざまな課題があり、当媒体でこれまでも特集してきたところです。今回は、長らく「男社会」とされてきた建設業において、女性社員の視点からヒントを探るため、戸田建設株式会社(東京都中央区)のイノベーション推進統轄部 新技術・事業化推進部の長幡逸佳さんと、(仮称)新TODAビル計画 工事主任の森本麗理さんに話を伺いました。
戸田建設は「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の取り組みを進めており、業界でも女性がとくに活躍する企業として知られています。長幡さんと森本さんお二人のお話からは、男社会とされてきた建設業界で奮闘しているという力みはまったくなく、自分たちの自由な感性でのびのびと働く様子が伝わってきます。DXの取り組みにおいて、彼女たちはどのような工夫をしているのでしょうか。
編集部:まず、自己紹介を兼ねて担当業務をお聞かせください。
長幡氏:イノベーション推進統轄部 新技術・事業化推進部の長幡逸佳と申します。所属している部署は、建築と土木とは独立しており、当社が開発した技術を、社内や社外に推進していくことを主な業務としています。
編集部:大学では建築学科を専攻されてきたのですか?
長幡氏:いいえ。農学部出身で、栽培の研究をしていました。当社が、農業を通じたまちづくりを行っており、当時の農業の研究開発の担当部署に入社しました。その前に研修として、土木工事現場に3か月おりました。その後、異動して現部署に所属しています。
編集部:イノベーションの例としては、どのような技術がありますか。
長幡氏:たとえば私の部署では、「ロボットとヒトのエレベーター同乗連携等に関する実証実験」を行いました。ビル内で荷物を運ぶなどの役割を担うサービスロボットがWi-Fiを通じて制御され、エレベーターを使って別の階へと移動して荷物を届けるのです。エレベーター内は通常、電波が届きにくいのですが、「ウェーブガイドLANシステム」を活用することでエレベーター内にWi-Fi環境を構築できるので、エレベーター内でもロボットが制御されます。このためロボットはヒトと安全にエレベーターに同乗することができます。
このほかにも、北海道下川町で「なついちご」(※1)の栽培にも関わっています。関連会社のTODA農房(※2)でのノウハウを活かしながら、IoTなども活用しイチゴを生産しています。
森本氏:森本麗理と申します。中高時代に海外に住んでいたこともあり、入社時から海外志望が強いので、建設会社の現場社員としては少し特殊なタイプかもしれません。国内の現場2箇所を経験した後、ミャンマーの食品工場建設に関わりました。帰国後に産休・育休を経て今に至ります。今は、子育てもあるので、残業や休日出勤の面で上司や同僚に配慮して頂きながら(仮称)新TODAビル計画の工事主任をしております。新TODAビル(※3)は、本社建替えを含む大規模開発のプロジェクトで2024年完工予定です。
私自身は、現場のICTやIoTの導入にも興味があります。このため、組織表では私の役職に「ICT推進」とも書かれておりまして、現場でそれまで扱ってこなかった機器類の導入なども担当しています。
※1参考:北海道下川町のなついちご
※2参考:TODA農房(茨城県常総市)
※3参考:新TODAビル
編集部:そうなのですね。たとえば、どのような設備を導入したのですか。
森本氏:現場で、フラッパーゲートと顔認証カメラを連動させる仕組みを導入しました。現場では、多数の職人さんが出入りするのですが、人の出入りを管理するために、工事長の許可を得て設置しました。
編集部:すでに色々な機器の導入を進めていらっしゃるのですね。
森本氏:私が従事している新TODAビル作業所は、自社物件ということもあり、新しい取り組みやチャレンジにも非常に寛容です。
当社だけでなく建設業界に共通することかと思いますが、それぞれの現場にそれぞれ条件や制約があります。なので、一概にDX推進といってもすべての現場で同じというわけにはいかず、当現場での課題を解決していくというスタンスで行っています。
長幡氏:森本さんのようなICTに詳しくて積極的な存在が重要なのではないかと思います。こういう人が現場にいることで、新しい技術が現場に採用されやすいと思います。
編集部:長幡さんの部署では、DX推進はいかがでしょうか。
長幡氏:動画配信を活用し、新技術を社内に紹介する企画を担当しています。これまで当社の技術について、社内への紹介機会はあるものの、開発側とユーザー側の情報共有と意見交換の機会が十分とは言い難い面がありました。そのため、当社の技術について、技術内容だけでなく、採用現場や、使用経験のある職員、協力会社の方々と、実際に使ってみてどうだったのかとか、「もっとこうしてほしい」という要望、さらに今後に使う人にとってはどのような部分が役に立つのかなど、具体的に共有できるように手段として企画を始めました。
例えば、開発した技術を採用している現場に行って配信しながらその様子を伝えます。最初は、工事担当者や営業の方向けに企画をしていましたが、今では全国の支店から様々な部署の方に参加いただいています。質問も受け付けていて、毎回たくさんの質問が寄せられるので、反響は大きいですね。新TODAビルの概要説明を行ったときには、現場からの配信ではなかったものの、500人ぐらいの社員が見ていました。
編集部:ちょっとしたユーチューバーですね。手応えを感じていらっしゃるのではないですか。
長幡氏:これまで他部署の取り組みを知る機会が少なかったので、部署間のコミュニケーション、会社を知るきっかけになっていると思います。営業先や社外の人と話す時のちょっとしたネタにしたいという人も、結構見てくれているようです。
編集部:リモートワークについては、いかがでしょうか。現場の方でも、リモートワークを使うことはあるのでしょうか。
森本氏:ありますよ。施工に必要な資材の数量を拾ったり納まりや工程の検討、施工計画をしたり。それから、施工計画書などペーパーワークのチェックなどはリモートでもできますね。ただし、リモートワークの導入が、現場で徐々に進んでいるかというと、少し違うと思います。新型コロナの流行で、有無を言わさずやらなければならなかった面があります。家庭の事情等や仕事内容により現場担当者のなかには在宅を活用している人もいますが、工事担当をしている社員はリモートワークの結びつきはそれほど強くないと思います。
長幡氏:内勤は、リモートワークをしやすい環境ですが、現場の方がリモートで施工管理をやるというのは、大変でしょうね。
森本氏:大変だからこそ、できたら最高だなあ(笑)。私たちがリモートワークの先に見ているのはデジタルツインです。建設業界では、フィジカル(現実)空間とサイバー(仮想)空間を融合させたデジタルツインの取り組みが進んでいます。建設業務がデジタル技術によってさらに発展させていくなかで、リモートワークも自然に行えると良いと思います。
編集部:今回、お二人にお話を伺っている背景としては、御社が掲げているダイバーシティ&インクルージョン(D&I)(※4)が関係しています。御社は、業界でもダイバーシティの推進が実現していることが知られています。建設業界は従来、「男社会」の要素が強く、そのような中でD&Iを進める戸田建設の女性社員からみたDXについて語っていただきたいと思っていました。御社のD&Iは具体的に、どのようなコンセプトのもとで動いているのでしょうか。
※4参考:戸田建設のダイバーシティ&インクルージョン
長幡氏:当社のお客様を含めた広い社会・世界では、状況が大きく変わっています。戦争も起きています。世界が大きく変わっていくなかで、お客様も多様化しています。お客様のニーズに幅広く答えていくためには、当社も建設というカテゴリーだけではなく、ジェンダーや宗教、LGBTQといった人それぞれの背景を含めた、働く人の集合体を目指そうとしています。そのために女性社員や外国籍の方の数も増やし、研修などもたくさん開かれています。
編集部:つまり、男社会に対する存在としての「女性」として見てしまいがちですが、女性であるだけでなくより広い多様性を見なければいけませんね。
長幡氏:はい、そうですね。
森本氏:「女性」という枠組のままでは、また別のダイバーシティの壁ができるだけではないかと思います。ここには私の個人的な考え方も含まれますが、建設業は職人さんの高齢化や少子化もあって人手不足の問題に取り組まなければならないという事情があります。これまで建設業では少数だった人たち、たとえば女性や外国人の方にも関心を持ってもらえるようにする必要があります。
一方で、職人技や現場での知見を先人たちが積み重ねてきた、成熟した業界です。DXを進めて業務の効率化を図ることも含めて、戦略的にスピード感を持ってやっていく必要があります。こういった環境下でのD&Iとは、さまざまな壁や制約を少しずつ越えて、今の形になっていると思います。これからもそうです。
女性という観点では、職人さんにも女性が増えてきています。その人たちもそれぞれの会社で少数派であるので、彼女たちとコミュニケーションをとって取り残されることがないようにするのは、元請けの女性社員として必要な役割だと思っています。月1回、「女子会」をやって皆でケーキを食べています。私がケーキ食べたいだけだと思われるかもしれませんが(笑)、交流会が必要だということを所長も理解してくれています。建設業の仕事を魅力ある場にするための、私なりの努力の一つです。
編集部:森本さんはさまざまな現場を経験されてみて、DXによって働き方の変化がもたらされたと感じていますか。
森本氏:入社してから10年の間に、とても変わったと思っています。色々なツールが増えることで、まず紙がだいぶ減り、デジタル化で朝礼の際の情報伝達が非常に効率化されて、一度にたくさんの人に伝達できるようになりました。コミュニケーションツールが発達したことで、コミュニケーションも良くなっていると感じます。BIMも始まりました。BIMがあれば、たとえば図面が読めない外国人作業員にも理解がしやすくなりますね。
編集部:あとは、新しいツールを導入するのは人の問題でしょうか。
長幡氏:私個人の意見ですが、開発するのはいいのですが、開発しようとしている技術が、実際の現場が本当に欲しい技術なのかと議論になることはよくあると思います。DXが流行っているから新しい技術に取り組もうという風潮に流されることなく、現場が本当に必要としているのは何で、どうやって運用していくのかまで、きちんと考えた上で開発をしないとDXは進みづらいのではと思います。森本さんのような人が、現場にいることは大事ですね。
編集部:今後、技術革新が進むと、定年を迎える頃にはどのように変わっていると思いますか。
森本氏:新TODAビルは、建物がない状態から図面ではなく3Dのモデルで建物が竣工しています。理想は、それを操作するがたとえば半自動のロボットなどで、人間は少数。ただし人間が指示をするには、現場に行って五感で広いところを感じたい部分がありますよね。モニターや音声だけだと情報が非常に限られてしまい指示がしづらいので、3Dのモデルを組み合わせながら現場にいる感覚で、今と同じクオリティで仕事ができるというのが、2060年の未来です。
編集部:デジタルの活用で、今後の働き方はどう変わると思いますか。
森本氏:DXや技術革新で一つ一つの業務はとても効率化されて、早くなりました。でもその分、人間はできた時間でもっと仕事をしてしまうので、キリがない側面もありますよね。ひとつひとつの作業効率が良くなっても、使う人間側の思いであるとか、こういうことを成し遂げたいという目標が必要だと思っています。それがないと、結果として変わらないのでは。「2024年問題」もすぐ目の前にきていますが、時間外労働の規制の考え方も同じだと思います。
今井雅則 代表取締役会長が社長だった当時に、グローバル化やイノベーション、DX推進などについて講義され、質問をしたことがあります。日本人という島国で生まれた人の特性があるなかで、具体的にどう考えるのかを尋ねたのです。会長のお答えは、「残業時間をゼロにしたい。今まで残業していた時間で、外にアンテナを張ったり自分で勉強したりすることで、自分の生活や会社に還元していってしてほしいのです」といったことをおっしゃっていて、その通りだなと思いました。「2024年問題」を逆手に取って、前向きに転換できるように、そのためにDXを推進するという考えが増えればいいなと思っています。
私も建設現場に出入りする中で、外国人の方を見かけることは少なくありません。DXを活用していくことで言葉の壁が無くなり、誰もが働きやすい、よりダイバーシティな現場風土が醸成されていくことでしょう。しかし、DXの推進には本社と現場の壁も大きな課題とよく聞きます。今回話を伺った伺った長幡さん、森本さんは連携プレーでコミュニケーションを図り、まさにこの壁を乗り越えようとされていました。今回のインタビューではDXを明るく前向きに推進されている日々の取組について伺うことができました。
無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進
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