2022年6月8日開催「建設DXウェビナー 現場無線LANの最前線」では「トンネル現場における無線 LAN 環境構築の最新事例」をテーマに活用事例を紹介しました。
国土交通省は2022年度より工事現場の「遠隔臨場」を原則適用、土木現場においても通信環境の構築が必須になっています。しかしトンネルのような環境でも、メッシュWi-Fiを長距離で飛ばすことにより遠隔臨場が可能です。
従来は発注者が現場に出向き、臨場を確認するのが一般的でした。遠隔臨場とは、発注者が現場に出向かず、受注者がモバイル端末やウェアラブルカメラで撮影した映像を遠隔の発注者に送信できる仕組みです。発注者は受注者とリアルタイムでやり取り可能、オフィスにいながら現場の様子を確認できます。遠隔臨場のメリットは「移動時間の削減」「人材不足の解消」「コストダウン」などです。当社の石野がトンネル内における長距離のメッシュWi-Fiの必要性、課題や実現方法、事例について解説します。
電波の強さを表す単位は「W(ワット)」です。家庭で使う電子レンジは通常1000W、一方アクセスポイント(以下、AP)は電子レンジの約10万分の1の微弱な電波を通信に使い10mW出力しています。電波は障害物がない場所では直進し、距離に応じて減衰する性質があります。
電波の一種としてイメージやすいのが懐中電灯。点灯すると光の密度が小さくなるため、懐中電灯が壁から離れるほど徐々に光円が広がり光量も薄くなるのが特徴です。電波も懐中電灯の特性と同様、アンテナから距離が離れるほど広がり、単位面あたりの電力密度が低減します。受信できなかった電波は空間に拡散され失われますが、電波損失は距離の二乗に比例します。例えば5.6GHz帯のWi-Fiにおいて、APから1m離れると、電力の損失は99.998%にもなります。
実際の通信は非常に微弱な電波でも可能、10mWの1億分の1である約100pWの電波で通信できます。ただし遠くまで電波を飛ばす場合、電波損失を減らす工夫が必要、そこで活躍するのが当社のアンテナ技術です。電波を遠くまで飛ばすには損失を防ぐ指向性アンテナの技術が必要となります。
「5GHz帯のWi-Fiは 2.4GHz 帯よりも直進性が高く遠くまで飛べる」といった誤解がありますが、5GHz帯の方が減衰は大きく、ミリ波(24GHz や 60GHz) はさらに減衰し電波は飛びません。ただし、5GHz 帯 は混線が少ないため、山岳部だけではなく街中でも電波が安定し、高速な通信を実現可能です。
では、電波を遠くに飛ばすにはどうしたらよいのでしょうか?アンテナの種類は「無指向性」と「指向性」の2つです。2つのアンテナの違い、トンネル内で設置可能なアンテナについて解説します。
アンテナの種類は「無指向性」と「指向性」の2つ、出力電波は両方10mWあります。トンネルでアンテナを利用する場合、「利得(前方向に強く電波を飛ばす比率)」の大きさが重要です。
通常APに付いているのは無指向性アンテナ、電波方向の中心に設置すると利得が最大化、周囲へ均一に電波を放射できます。それに対し指向性アンテナは、特定の方向に強く電波を放射、干渉範囲を制限し前方に電波を遠くまで飛ばすことが可能です。そのため、トンネルでの利用には指向性アンテナが向いています。
アンテナを周期的に配置すると電波に指向性を持たせることが可能です。電波を正面方向に振幅が強め合うように配置すると進行方向に利得が最大化します。指向性アンテナの例として縦横に基板上に並べた「アレイアンテナ」や大口径の「パラボラアンテナ」があります。指向性アンテナの設置方法は、指向性を持たせたい面に対しアンテナの広い面を向けることです。
トンネル現場で指向性アンテナを実現するため、トンネルを断面形状で考えました。赤いエリアは作業エリア、黄色いエリアは高所、緑のエリアはアンテナ設置可能な壁側の場所です。赤いエリアはパラボラアンテナの正面方向に向けた設置が難しく、黄色いエリアも設置やメンテナンスが非常に困難なことがわかりました。実際の建設現場では、電源設置可能な緑のエリアに極薄機器を設置、正面方向に指向性を持たせ電波を飛ばすことができます。
当社が最近開発中の「高利得アンテナ(導波管スロットアンテナ)」はトンネルの電波問題を解決できます。アンテナが図のようなケースの中に入っており、APからの出力電力を細長い金属製の管に入力、管の中で電波を1回閉じ込める仕組みです。アンテナの中には「スロット」と呼ばれる黒い穴があり、穴から出る電波の振幅を合成、正面方向に電波を飛ばすことが可能です。高利得アンテナは、幅狭の面を前方向に電波が飛ぶため、トンネルでも問題なく設置できます。通信距離は無指向アンテナの約10倍です。
実際にトンネル現場での長距離メッシュの事例を紹介しましょう。フルノでは、日本道路株式会社東京支店管轄のトンネル舗装現場内の全延長でのWi-Fi環境構築に成功しました。
事例は2車線の道路トンネルでの実験。直径が約12mのトンネルの片側壁面にAPを固定して設置、親機を光回線 やLTE 回線でつなぎ電源は子機のみで動作させました。親機をSIMルーターで接続し携帯電話の回線につなげ、子機を電源から無線ホップで動作させるように実施。黄色いAPは高利得アンテナを内蔵、長距離で電波を飛ばすことができます。
実際の設置は図の通りです。1台目の親機は道路トンネル内の電話機を置くスペースを利用、立てる形で設置。2台目以降の子機も同様です。
実施するにあたり評価したのは下記の2つの条件です。
黄色いアクセスポイントは高利得アンテナを内蔵、電波が長距離飛ぶことが可能です。一方スマートフォンなどのデバイスの内蔵アンテナは低利得のため、接続距離は比較的短くなることが想定されます。
親機と子機は高利得アンテナ同士を無線メッシュで接続、非常に長距離で電波が飛ぶことが想定されました。
APとスマートフォン間では700mの区間で通信できました。
「片側にAPを設置すると反対側では通信できないのでは?」といった疑問もありますが、実際に電波はトンネルの中を反射し、反射波が構成され進行方向に飛ぶことが可能、長距離飛ばせます。電波は壁面で反射して飛ぶためトンネル外部には拡散しません。トンネル内部は自由空間と比較すると、電波の拡散が抑えられるため約1.5倍の距離で通信が可能でした。
続いて、親機と子機の間は無線メッシュで接続することで、坑内全域をAP2台でカバーできました。スマホ側が親機の範囲にいる場合、元回線に近いため高速で通信できます。一方、子機の範囲では1ホップしているため速度は減少しますが、移動によって通信途絶が発生するような問題はありませんでした。
カーブや障害物(重機・足場などの金属物)のある現場で3台設置した場合も検証。一般的にカーブや障害物がある場合、電波は障害物で反射し、入口側に戻ってきます。 そのため、真ん中に子機を1台追加したところ電波が安定、AP付近では電波強度が強くなります。 グラフのように、通信速度は親機の範囲では速く、範囲外では電波強度が回復しても速度は回復せず減少傾向です。 ただし検証した山岳事例のように、3台活用の全域Wi-Fi構成では、より安定してテレビ会議などが繋がります。速度を得たり障害リスクを減らしたりするには、最小限のホップ台数で全域Wi-Fiを構築することが重要です。
トンネル内部での電波状況に影響を与えるのは、断面形状・断面寸法・壁面材料です。断面形状の違いや、断面寸法の直径の長さにより電波に与える影響は異なります。例えば、断面寸法が直径1mや2mと小径の場合、電波は飛びにくいことが分かっています。壁面材料については高湿度の土壁の場合、乾いたコンクリートに比較すると、損失が約1.5倍です。環境に応じて電波の飛び具合は異なりますが、どの条件の場合でも指向性を持ち、従来のアンテナより長距離飛ぶことができます。
トンネル内で設置可能な高利得アンテナの設計について解説しました。今後も当社は、建設業界のDX化に寄与し遠隔臨場にも取り組みたいと考えています。
無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進
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