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建設DX関連記事 「現場環境に耐える」ICT機器を実現する
~現場DXを実現するために欠かせない堅牢設計とは~

建設現場におけるDXの難しさは、通信環境が整っていないエリアに現場があることや、通信機器を持って行こうにも屋外などで使用環境の厳しい場所である場合が多いことに起因しています。現場での通信環境を整備することは、建設業におけるDXの推進と表裏一体の関係であると言えます。
しかしながら、精密機械であるICT機器を現場に導入するには、さまざまな条件をクリアする必要があります。古野電気はこの課題に取り組み、堅牢でコンパクトなICT機器を開発しました。開発を進める上で役に立ったのが、古野電気が長年にわたり培ってきた舶用機器の技術でした。こうした蓄積をもとに、技術者のこだわりと探究心を組み合わせました。厳しい使用環境に耐えうるスペックはどのようなもので、また、いかにして生み出されたのでしょうか。開発担当者に聞きました。
(インタビュイー)
山本淳弘氏 古野電気株式会社 技術研究所 第2研究部
坂井敏文氏 古野電気株式会社 技術研究所 第2研究部

 建設DXの始めの一歩は、現場の厳しい環境をクリアできる通信設備を整えること

編集部:お二人の担当業務をそれぞれ、おしえてください。

山本(以下、敬称略):建設現場でのICTを進めるためのネットワーク機器の開発、とくに、無線LAN機器のアンテナ部分などの開発を手がけております。

坂井(以下、敬称略):無線LAN機器の機構設計を担当しています。筐体(きょうたい)、つまり機器を入れる容れ物の機能や形状、またその作り方も含めた設計を行っています。CADを使って図面を3Dで設計しています。

編集部:建設現場で使うICT機器に求められる性質とは、どのようなことが挙げられますか。

山本:ICT技術は今や、さまざまなシーンに導入されていますが、業務用であってもたとえば工場で使われている機器は、建設現場に不向きです。建設現場、つまり機器を屋外で使用することが基本で、雨風のほかにも、建設作業に伴って粉じんが多く発生する場所であるとか、冬場なら結露も日常的に発生します。

(左)山本さん、(右)坂井さん

したがって、建設現場においてはこのような厳しい環境下におかれても壊れないということが大前提です。DXを実現するということは当然、通信ができるということなのですが、通信環境を整えることがまず、一般的なシーンと大きく違っているということは、ご理解いただけると思います。

編集部:はい。確かに、一般的なオフィスや工場、家庭のような屋内で通信を行うのとはまったく異なりますね。こうした条件をクリアしてやっと、建設現場でDXを推進する素地が整うのですね。

山本:その通りです。壊れにくいICT機器であることは、大前提なのです。建設現場は山奥であることも多いので、ひとたび不具合が発生すると、その修理のための時間やコストもかかってしまいます。

編集部:確かに、人に関わるコストも小さくないかもしれませんね。そういう意味では、現場にいる「人」も、ICT機器にとっては厳しい環境の要素に含まれるのではないでしょうか。

山本:ICT機器の周辺を人やダンプカーが頻繁に出入りしますので、機器にぶつかるかもしれず、精密機器であるICT機器には好ましい環境であるとは言えません。

編集部:建設現場のように、硬いものや重いものなど、どちらかというと頑丈な資材を扱う現場において、「これは精密機器だから、ここだけ違った扱いが必要だ」と言われると、現場の人としては少々、やりづらいかもしれませんね。

山本:そうですね。

 開発は「サイズありき」から始まった――なぜ「小さな」機器でなければいけないのか

山岳トンネルで設置した例

編集部:厳しい環境をクリアするために、どのような点を重視しましたか。

山本:まず、開発に着手する段階で、サイズありきでした。通信に必要なアンテナも含めて、コンパクトな容れ物に収まるようなサイズにしなければならないというところから、始まりました。
たとえば、建設現場のトンネルの大きさはさまざまです。車が通れるような大きなトンネルばかりでなく、小さいトンネルもあります。荷物を搬入するためのトロッコが通る目的で造られたようなトンネルは、直径2メートル程度です。

また、先述の通り人やダンプカーの往来が頻繁にありますので、アンテナが容れ物に収まらずに外に出ている状態だと、人などが接触して壊れてしまうかもしれません。こうした条件をクリアするために、つまり壊れにくくするために、小さなサイズありきとして開発を始めたのです。

坂井:開発を行う上で制約がある状態でしたが、機構設計の観点で特に大切なポイントでした。小さなサイズを実現することは、当然のことながら製造工程にも影響します。コンパクトなサイズに納めるためとはいえ、複雑な作り方を製造工程で強いるようでは、安定供給が難しくなります。製造側の作りやすさを考慮することも、良質な製品を安定的に供給する上で重要なのです。機構設計として機器を使用する現場を見据えながら、製造方法もデザインしていきました。

 コンパクトであることと、配線がシンプルであること

(緑枠)AC100/200 V対応電源 (青枠)指向性アンテナ

編集部:なるほど。土木工事現場向けに開発したホップワイドLANは、47.2セン× 36.6センチで、厚みは16センチと、非常にコンパクトです。筐体がコンパクトであることの利点は、どういった点になりますか。

山本:通行の妨げにならないことが、1番の利点ですね。アンテナを含む全てが、オールインワン仕様で筐体に収められており、進行方向に対して、筐体の薄い面を設置できるような設計にしております。
また、トンネルで長距離にわたって使うため、つまり電波を遠くまで飛ばすためにメッシュWi-Fi方式といって、網目(メッシュ)状にICT機器がつながった状態でアクセスポイントを配置しますので、1台目は回線に接続しますが、2台目以降は電波でつながり、ケーブルが不要で現場作業の邪魔になりづらい設計になっています。したがって、誤ってケーブルを切断してしまうことも減ります。
また、指向性を高めることで、電波を進行方向に長距離飛ばせるアンテナを開発しました。アンテナの一つ一つの切れ目から電波を出しています。

編集部:長距離とは、具体的にはどのくらいの距離を指すのですか。

山本:現場の条件にもよりますが、500メートル以上というところでしょうか。従来ですと、100メートルに対して1台ずつおいて配線するということが多かったのですが、最近の当社の例では3台で1.3キロをカバーしています。移動の際も、無線なので配線ごと動かす必要もなく、サイズがコンパクトなので楽にできるということで、ご利用中のお客様にはご好評いただいております。

山岳道路トンネルでの事例

ビル現場での設置事例(中央にあるのがアンテナ)

編集部:もう一つ、地下工事現場向けに開発したジョインフルLANも、シンプルな配線になっていますね。

山本:はい。当社が独自に開発したアンテナユニットをつなぐだけで、すぐに地下工事現場にWi-Fi環境を構築できるシステムです。先述のホップワイドLANとの違いは、アンテナが外に出ているのですが、防水設計にすることでアンテナユニットが不具合や故障の起こりにくい設計になっています。

ビルの地下の建設現場は、ビルとはいっても屋外に等しいぐらいの環境です。泥水や雨水も流れ込んできますし、粉じんも同様です。こういう環境でも、アンテナの性能を落とさずにむき出しのまま使えます。

 より堅牢であるための、厳しい試験

編集部:雨や粉じんなど、建設現場の厳しい使用環境に耐えるためには、どのような工夫をしているのでしょうか。

坂井:防じん・防水に関しては非常に、気を使っています。当社の伝統的な船舶事業での技術も活かして、設計をしています。試験は過酷な条件で行って、性能を高めています。

編集部:船舶事業と同様の試験を行うのでしょうか。

坂井:基準としては同じなのですが、筐体に与える負荷を水だけではなくて、温度を上げたり下げたりして、より過酷な環境下で行っています。

山本:筐体には穴を開ける必要があります。設置用の金具をつけたり、電源ケーブルを通したりするためのものです。そのために隙間が生じてしまうのですが、そこから水や粉じんが入ると故障の原因になってしまいます。そのため、試験は容れ物自体の防水を見るだけでなく、より過酷な試験を行うのです。
たとえば、何十度もある高温下に筐体を置いて熱くしたり、逆に冷却したりすると、筐体の素材が収縮します。そのようなテストを重ねて、温度変化の中でも隙間から水が入らないようなテストをやっています。建設現場は、トンネルの中などは寒暖差が日中でもかなりあります。そういった状況でも十分な性能を確保するために行っています。

坂井:粉じん対策のためにも、厳しい条件下での試験をします。筐体内の気圧を下げて筐体内に粉じんが吸い込まれやすい状況を作り出して、試験を重ねています。
また、防水・防じん対策として、適切な部品を使うことも極めて重要です。たとえばネジを組み込む穴にはパッキンを使用しますが、パッキンは厚みがしっかりしていれば良いという訳ではありません。サイズがぴったり合ったものを使うことで、防水・防じん効果を高める上での最大の効果を発揮できるのです。

編集部:部品一つの選び方からこだわって、強い防水・防じん効果を実現させているのですね。

坂井:はい。部品選定も含めて設計だと思っています。当社は部品を採用する上で、船舶用部品として認められた物の中から選ぶことを基本としています。性能が証明された部品についての情報や経験が蓄積されているので、当社で今まで受け継がれてきたノウハウも含めて、設計がなされているのです。

粉じん試験の様子

 開発担当者のひらめきと、こだわり

編集部:これまでなかったものを、制約がある中で開発するというのは大変なご苦労があったのでしょうね。一連の開発過程で難しかったのは、どういった点でしょうか。

山本:やはり、アンテナを筐体に収められるサイズにすることでした。なかなか良い案が思いつかなくて、どうしようかなと悩んでいた時に、船舶用のレーダーに使うアンテナを使ったらどうだろうと思いました。私はそのとき作業場にいたのですが、船舶用のアンテナがたまたま、そこにありまして(笑)。これだったら薄くできるのではないかと感じて、検討を始めました。

編集部:そこにブレークスルーがあったのですね。

山本:そうですね。このアンテナは船舶用には以前から使われているものですが、無線LANの製品に使われていることはほとんどないと思います。

編集部:坂井さんは、機構設計のご経験が長いそうですね。ずっと機構設計に携わっているとのことなのでお聞きしたいのですが、機構設計で大事にされていることは何でしょうか。

坂井:見た目のバランスを重視しています。かっこいい方が、性能が良いのです。言い換えると、見た目のバランスがいいということは、性能もいいのです。

編集部:性能が、バランスの良さに続くというイメージでしょうか。例えば今回、小さな容れ物に合わせるように工夫したことで、厳しい使用環境の現場でも壊れにくく、使いやすい機器が誕生したのですね。

坂井:そうですね。

編集部:なるほど。今後は、どのような開発を進めていきたいとお考えですか。

山本:建設業においてDXを推進していくにあたって、現場で働く側にとっても、安心安全な職場環境を実現するお手伝いをしていけたら良いなと考えています。例えば、現場で作業する人がバイタルセンサーを着けることで、自分の体調管理を行ってもらえるようになれば、より安全に働けるようになると思います。

編集部:ありがとうございました。

記事のライター

石野祥太郎

石野 祥太郎   建設DXジャーナル初代編集長/古野電気株式会社

無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進

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