現場の電磁ノイズは、建設現場にICTを導入する上での「天敵」と呼ばれるほどに通信環境へ大きな影響を及ぼします。現場のさまざまな機器が発する電波が干渉し合うことで不具合が起きますが、電磁ノイズの特性を知ることで、より効果的な対策を行うことは可能です。そのカギとなるのがEMCと呼ばれる電磁的両立性です。EMCとはまず何であり、現場の通信環境を改善させるためにすべきことは何でしょうか。EMCに関する研究している松嶋徹・九州工業大学准教授に解説していただきました。
編集部:まず、先生のご専門についてお聞かせください。
松嶋先生:私の専門は、環境電磁工学やEMC(電磁的両立性)と呼ばれる分野です。「両立性」とは何を両立するかというと、電子レンジとBluetoothイヤホンを想像してみてもらうとわかりやすいと思います。Bluetoothイヤホンを使いながら電子レンジを使うと、音がプツプツと切れてしまいます。ご経験がある方もいらっしゃるでしょう。
この現象は、同じ周波数帯を使っていることに起因していて、電子レンジからわずかに漏れ出た電磁波が、Bluetoothの通信を遮ってしまうのですね。すなわち、Bluetooth側からすると電子レンジの電波はノイズになるということです。こうしたことを防ぐにはどうすれば良いのか、干渉し合う双方のシステムのそれぞれの両立を担保しようとする研究をする学問分野です。電子レンジのノイズは単なる一例でして、たとえば建設などの現場でノイズが発生するとICT機器の通信が途切れてしまい、せっかく集めたデータが落ちてしまうようなことも起こり得るので、対策が求められている状況です。
編集部:Bluetoothは数十ミリワットの微弱な電波ですが、同じ周波数帯で電子レンジのような何百ワットも使う機器が近くにあると、微弱無線の方が影響を受けてしまうということですね。ノイズは実際には、どのようなところで発生するのでしょうか。また、対策の基本はどのようなところにあるのでしょうか。
松嶋先生:発生源は多くの場合、我々が使っている情報通信機器や、車などの動力機器が出すものですね。通信機器の場合は、通信信号が「0」か「1」かの信号で送ります。0か1かを切り替えるドライバーのIC集積回路が動く時に大きな電流が流れて、その電流が元になってノイズが出てくることが広く知られています。ノイズの発生を抑えるため、設計段階では回路基板を工夫するということがまず一つ。それから、ノイズを受けないようにするために例えば追加の部品を使うことなどが考えられます。たとえば、パソコンのキーボードやケーブルにポッコリとした小さな部品がついているのを見たことがあると思います。フェライトという材質の磁性体で、ノイズを抑えるためのものです。
編集部:近年普及しつつある電力線通信(PLC)においても、ケーブルにノイズが乗ってきますよね。たとえば、建設現場などで工作機械などが同じ電源から電気を取るので、工作機械のノイズが電線に伝わって、ターミナルと呼ばれる電子機器が動作不良になるといったこともよくあります。
松嶋先生:そうですね。電源は、大きな電力を扱うものが繋がっている場ですので、起こり得ます。ただ、PLCの側も対策はされています。
編集部:ではノイズの影響を減らすための使い方としては、追加部品を使うほかに、影響し合うと考えられる機器同士を離しておくことになりますか。
松嶋先生:そうですね。離しておくことだと思いますが、ものづくりなど産業の現場では、ノイズが何とか出ないようにするのがベストだと思います。
編集部:私も入社したての頃に配属された開発部門では、製品試作が出来上がると必ずEMC試験を行ってクリアしないといけないのですが、テストしてみるとノイズが出ていて不合格になるような経験をしました。よく調べてみると回路基板や機械が発生源ではなくて、機械からひょろっと出ているケーブルからノイズが出ていたようなこともありました。
松嶋先生:ここが難しいところですよね。モノづくりにおいてはこういう機能があるモノを作りたい、こういう動作をさせたいという点が、作り手側が最も重要視する点です。その段階ではどれだけノイズが出るかは、予測できないのです。結局、モノづくりが終わって、最悪の場合、測ってみたらすごくノイズが出ているようなこともあります。その時点でできることと言えば、後付けの部品となるということです。
編集部:ケーブルの内部はアルミや銅などが巡らせてあって、電波を発しないような構造(シールド)になっています。でも、電線をちょっと曲げるとシールドに隙間ができて、電波が出やすくなることもあります。それから、工事現場で使う電線や道具は基本的にさまざまな現場で使いまわすので、ケーブルも劣化していきます。新品ではノイズが発生しなかったが、使っているうちに出るようになったというケースも結構あるようです。
工事現場では、さまざまな電源線が張り巡らされています。特に、トンネル工事の現場では6,600ボルトという高圧線が、トンネルの構内を先端まで伸びているような場合もあります。そこに、LANケーブルなどの通信線を抱き合わせるような形でどんどん配線しているので、高圧線からのノイズによる通信線への影響は大きいのではないかと思われますが、実際にどうなのでしょうか。通信の不具合が起きても、現場での対処は難しいと思いますので、事前にどんな点を検討しておくべきなのでしょうか。
松嶋先生:確かに電源線は色々なところに張り巡らされていますね。ここで留意すべきは、先ほど申し上げたように、この電源線が通信用に作られていないということです。私も6,600ボルトの高圧線に高周波の信号を流してノイズを測ったことがあります。このときに分かったのですが、構造がほとんど同じなので特性も似たようなものだろうと思ったら、もう0か1かぐらいの違いがありました。
いいケーブルを使えば、ノイズを閉じ込められる可能性は高くなると思うのですが、これとは別に、ケーブルの接地の問題もあります。これはケーブルをネジなどで固定する際の問題なのですが、高周波の信号はこれが非常にシビアで、アースとの接続がきちんとできていないとノイズが漏れ出すことが起こり得ます。
高圧の、しかも高さのある非常に危険な環境で、細かな作業というのは難しいのはご想像いただけると思います。高圧作業用の硬い手袋をした人たちがどこまで作業できるかというと、そこまでケアできませんよね。現場作業において結局は高周波までケアできないのが現状かと思います。高圧線から機器やケーブルを離すというのが現実的な対策でしょう。
編集部:建設現場で実際にテストをする機会があるのですが、ノイズ源を特定するのが非常に難しいですね。建設現場は発電機などをたくさん使っていますので、発電機の周辺など電気を作っているところなどはノイズ源になりやすいのでしょうか。
松嶋先生:そうですね。発電機は有力なノイズ源候補の一つだと思います。
編集部:現場で配線や機器の設置をする際、通信状況まで配慮しながら作業するわけにはいかないので、高圧線とLANケーブルも一緒に配線されてしまい、ノイズが起きやすくなる面があります。こうした場合に、機械の回路にもよるのでしょうが、ここで信号が乱れ、通信しづらくなるということですね。
松嶋先生:LANケーブルは、外部のノイズを受けにくいような構造にはなっています。内部は2本のケーブルがペアになって、より線の構造になっており、また外側にはシールドと呼ばれる被膜などがあります。ただ、シールドがきちんとノイズを防いでいるかどうかについては、一概に言えない面もありますね。
編集部:あとは、劣化したLANケーブルなどは、押しつぶされるなどしていた場合、より具合も変わってくるので、それによってノイズ耐性も変わってしまいます。理想的には新品ないし劣化が進んでいないものを使うことだと思うのですが、建設現場ではすでにある物を使うことが多く、電源ケーブルも含めて常に新しい物を使うということにはなりづらいです。したがって、どうしても影響が出やすい面はありますね。
当社の地下現場向けWi-Fiシステム「ジョインフルLAN」では同軸ケーブルを採用しています。ビル現場での階跨ぎの通信を安定動作させる狙いがあり、LANケーブルとは構造が異なるものです。
松嶋先生:写真で外観を見ただけではあるのですが、同軸ケーブルがコネクタでしっかり保持された構造なので、外にノイズがあっても中の信号がきちんと守られ、外の影響を受けずに通信ができることを意識されたのだと思います。きちんとした構造で囲われ中の信号は守られることを「別世界」と呼ぶのですが、信号用の通信路とそれ以外のノイズがある区間が切り分けられた世界になっていますね。
あとは、先程お話しした通り、曲げたときにノイズの影響を受けやすくなってしまうので、実際に使うときには曲げずにすることや、高圧線などとは離しておくなどの点に気を付けてもらうといいでしょう。場所にもよるのでしょうが、できれば数メートルは離せると良いと思います。通信周波数帯が30 MHzだとすると、電波の波長が10mです。よって、10mぐらいは離しておくといいでしょう。工事現場でそこまで離すのが難しい場合は、まずは束ねないということが大事だと思います。
編集部:トンネルなどは、端から端まで10mぐらいあります。そうなりますと、私どもで推奨するのは機器を置いた反対側の側面に高圧線などを這わせていくことになりますね。そして、できるだけ束ねないことも大事でしょう。どうしても、現場ではケーブル類が邪魔になりがちで、一つにまとめて置いておくケースが多くはなるのですが。
最後に先生のご研究分野に関して、今後の展望などをお聞かせいただけますか。
松嶋先生:我々はノイズ評価もしておりまして、ノイズが出ないような設計など、なるべく設計の前段階でノイズ対策を考慮するよう推奨しています。ただ、「ノイズ対策」という言葉もあるように、どうしても後付けのイメージが出来てしまっていて、作ったものに対して、何とかノイズが出ないように後になって加工しないといけないのが現状です。企業さんからは難しいのだと言われるのですが、研究者としては伝え続けたいと思っています。
機器そのものがノイズを出さなくする設計が本当にできれば、ノイズ対策も考えなくてすむことになります。とくに今後更にIoT機器が増えていく中で、どれがノイズ源でどれがそうでないのかが分からないという環境も出てくると思います。そのため、個別の機器それぞれがノイズを出さない、受けないという点をしっかりしていく必要があるだろうと考えているところです。
編集部:建設DXにおける大きな課題の一つであるノイズについて、松嶋先生から貴重なお話を伺うことができました。ありがとうございました。
今回のインタビューでは目には見えない電磁ノイズについて伺うことができました。目に見えないものを現場で対策するというのは非常に難しいことですが、IoT機器の需要が高まる中、無視することはできない課題です。松嶋先生から、このICT機器の「天敵」について解説いただき、その対処のポイントについて伺うことができました。
無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進
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