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建設DX関連記事 AR技術で「現場」が変わる(前編)
~その空間に必要な情報が「置かれて」いたなら、・・・ ARと現場業務の相性 ~

新型コロナウイルス流行の影響で、デスクワークの人たちを中心にリモートワークが広がりました。建設業界においても、国交省が「遠隔臨場」という概念を打ち出しています。遠隔臨場とは、ビデオ通話システムなどを駆使して立ち会いなどの作業を行うことです。この考え方は、建設業界で常識となっていた「現場」での作業ありきの考えに対して、発想の転換を迫るものです。
今回は遠隔臨場を実践するツールとしてのAR(拡張現実)に着目し、エピソテック株式会社(東京都杉並区)の内藤優太社長に話を伺いました。同社は、現場業務にARを導入して業務効率化を図る事業を展開しています。エピソテック社のパートナーとして協業を進める立場から、内藤社長と当社の宮崎翔太(建設DXジャーナル副編集長)が、建設業界におけるARの展望について語ります。

 ARとは? 「現場」で活用されるARとは?

編集部:今回のテーマは、「建設業界×AR」です。メタバースの広がりとともに、ARやVRが漠然とながら認知されつつありますが、建設業界では活用方法について、手探りの部分がまだまだあります。まずはARとは何なのか、わかりやすく説明していただけますか。

内藤氏:ARを理解する上では、カテゴリーに分けて捉えるとわかりやすいと思います。まず、空間コンピューティング技術の領域として、大きく「XR(クロスリアリティ)」と呼ばれる領域があります。その中に、AR(Augmented Reality、拡張現実)とVR(Virtual Reality、仮想現実)といった技術があります。
ARの場合は、現実世界に情報を付加する技術です。これに対し、VRは仮想世界が基準となっていて、そこに情報を出していく技術です。基準点が、現実か仮想世界かの違いです。このためデバイスも違っていて、ARの場合はスマホやARグラスなどを使います。大きめのゴーグルを着けている姿を連想する方もいるかと思いますが、こちらはVRで使用します。

身近なARの例では、「ポケモン GO」が挙げられます。試したことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。「ポケモン GO」でARモードにすると、スマホのカメラが映し出す画像にポケモンのキャラクターが載っています。スマホの画面を見ると、本当に目の前に好きなキャラがいるような感じになれます。同じように、たとえば建設現場の場合、仮想の重機を画像に重ねる事で、重機を置いた時のイメージを共有しながら話すことができます。

矢印を入れて、動かし方などをわかりやすく示すこともできます。
現場業務で近ごろ注目されているのも、ARですね。現場には業務に使う機器などの「物体」があり、物体の構造、扱い方を理解する上でのツールとなるのです。

 現場で多用される「こそあど」言葉によるコミュニケーションと、ARの役割

編集部:現場業務には、ARとの親和性が高い面があるのですね。もう少し詳しくお話しいただけますか。

内藤氏:ARは現場業務のうち、特にサポート面において有用なツールだと考えています。現場では、業務の初心者の方は機器の使い方どころか各部の名称、あるいはその機器の名称そのものすら分からないこともあります。そのような時に、誰かが実際にそこにいなくても、必要な情報を示す上で役に立ちます。
「ポケモン GO」でキャラクターが画面上に現れるように、必要な手順や情報のありかなどを表示させることで、今すぐに欲しい情報を引き出せるのです。私たちのアプリでは、スマホでARを使えるようにしておりまして、スマホをかざすと画面の映像にモノや各部の名称や使い方などの情報を示すことができるようになっています。

編集部:こうした機能は、なぜ現場で必要とされているのでしょう?

内藤氏:ここでのポイントは、言語化しづらい情報を、ARを利用することで伝えやすくできるということです。たとえば、「あれ」「これ」という指示語。現場では分野に関わらず指示語が多用される傾向にあり、マニュアルの記述を複雑にしている原因でもあります。しかし、ARならば指示語をそのまま使って、動画や音声などの情報を伝えることができます。

編集部:いわゆる、「これ」「それ」などの「こそあど」言葉ですね。「こそあど」は指し示しているものがはっきりしないので、一般的にはコミュニケーションにおいて避けるべきだと考えられていますが。

内藤氏:そうですね。しかし現場での会話は、基本的には「こそあど」が多いのです。現場で使う機器について、固有名詞を全部知っているとは限らないですから。ただそのために、Zoomなどのビデオ通話だけではコミュニケーションがうまくいかずに、十分な解決につながりづらいという側面もあります。その結果、「とりあえず、現場に来てくれ」となることが多いのです。
ならば、コミュニケーションの壁になっている「あれ」「これ」を使った会話を遠隔でもできたらいいのではないかと考えました。このことを私たちは「直観的表現」と呼んでいます。これならば、固有名詞を知らなくてもやりとりできます。さらに、そこでARを用いて、スマホをかざすと名称や使い方が表示されれば、作業しやすくなります。

 「オブジェクト」を「空間上に載せる」と、何ができるのか

編集部:ARは「オブジェクトを空間上に載せる」技術だと伺いましたが、これはどのようなことを指すのでしょうか。今おっしゃっていた「こそあど」言葉にも関連するのでしょうか?

内藤氏:まず、「オブジェクト」は何であるのかについて、説明したいと思います。私たちは、例えば矢印や何らかの書き込み、写真や音声、それからWebブラウザなどの情報を「オブジェクト」と表現しています。
こうしたオブジェクトを空間上に「載せる」、つまりその空間に「置く」ために、ARを活用します。例えば要所要所に必要なマニュアルを現場に置いておくとか、現実世界では簡単にできるとは限らないのですが、ARではオブジェクトとしてマニュアルを必要な空間に「置く」ことができます。目印として、AR空間に矢印を置くこともできます。我々のアプリを使ってスマホのカメラを起動すると、スマホの中に映る空間に矢印などの情報、つまりオブジェクトが映し出され、マニュアルがその場に「置いて」あることが見て取れますので、必要に応じてすぐに使える状態になっています。
「置く」ことの利点は、オブジェクトをそのまま空間に保存できるので、他の人もこの仮想世界を同じように見られるのです。言い換えると、この情報を呼び起こせば、必要な情報を得られるということです。

編集部:マニュアルを現場に「置く」というのは、斬新ですね。冊子のマニュアルは分厚いものが多く、まず自分が欲しい情報がどこに書かれているのかを探すのが大変で、億劫に感じられることもあります。AR空間にオブジェクトとして「マニュアルが置いてある」ということは、現実世界で冊子のマニュアルを読むのと、どのような点で違いがありますか?

内藤氏:今すぐ欲しい情報を、その場ですぐに出せるということです。
従来のやり方ですと、まずマニュアルのファイルを検索することから始めると思いますが、その部分は省略できます。現場の方たちは、すぐに情報が欲しいのです。何らかの必要に迫られているのですから。それなのに、今のやり方ではまず検索をしなければならならい。さらに、マニュアルが見つかったとしても、該当箇所を探し出さなければならないし、それからマニュアルが述べていることが分かりにくいという難点もあります。

編集部:若い人は、そもそもマニュアルを読みたがらないという話を聞いたことがあります。

内藤氏:マニュアルの表現が分かりづらいので、読まれないのです。大きな原因としては、やはり現場業務に多い「こそあど言葉」の影響があります。書かれている文章が分かりづらく、その都度マニュアルを見ながら、書かれている内容と現場の様子を照らし合わせていかなければならず、どうしても手間がかかります。こうしたことが障壁になっていて、現場ではなかなかマニュアルが普及しないという状況を、私もたくさん見てきました。
これに対し、ARを活用できれば、スマホをかざすだけで、矢印などのオブジェクトが「ここに何かありますよ」と指し示してくれます。そこに欲しい情報が、マニュアル全体ではなくその箇所で該当する部分がポンと出てくるので、検索する手間も省けます。さらに、作業すべき箇所などをARの上で直接、指し示すこともできるので、文章で書くよりも直観的に分かりやすくなります。これらの点が、ARで得られるメリットです。
特に良いと思っているのは、若い世代の方の価値観に寄り添えるという観点です。若い世代にはマニュアルを読まない方も増えているようですが、ARで直観的に理解できるようになれば、作業しやすくなります。つまり、マニュアルを作る側にとっては作成が容易になり、使う側にとっては、自分の価値観に寄り添った形で情報提供してくれるので、積極的に覚えようという気持ちになれるのですね。

 建設現場における遠隔支援もARで

(左)古野電気株式会社・宮崎 (右)エピソテック株式会社社長・内藤氏

編集部:宮崎氏に伺いたいのですが、建設の分野でARに注目しているのは、なぜですか?

宮崎:建設事業における遠隔化です。我々は建設DXと合わせ、遠隔化を実現させることを重視しております。製造業はモノが現場にあって、そこで稼動し使用されることが前提ですが、ユーザー様が製品を思うようにスムーズに動かせなかったり、使っているうちに何らかのトラブルが生じたりすることは往々にしてあります。
したがって、製品が使われている現場でのサポートは欠かせないのですが、対応のしかたにおいては課題を感じておりました。サポートが必要な場合は北海道から沖縄まで、現地に赴くことも珍しくありません。省人化とは全く逆の方向を行っているわけです。こうした場面に、AR技術を使えないかと思ったのです。

編集部:建設現場は特に、アクセスが難しいところが多いのでしょうね。

宮崎:はい。特にトンネルなどの土木工事は、飛行機や新幹線を降りてからが長いのです。先日は、本社(兵庫県西宮市)から埼玉県秩父市の現場まで行きました。東京駅で新幹線を降りてから秩父まで電車で2時間、そこから現場まで車でさらに1時間以上かかり、関西からですと非常に遠い道のりでした。
しかし実際には、手間をかけて現場に行っても、5分でトラブルが解決することも珍しくありません。なぜそのようなことが起きるのかといいますと、お客様から機器の何らかのトラブルやサポートの依頼があって、電話で説明していてもらちが明かず、とりあえず現地に来てくれということが頻繁にあるためです。

編集部:電話でらちが明かなくても、Zoomなどビデオ通話システムを使えば良いのでは?

宮崎:ビデオ通話システムは、確かにコロナ禍でかなり使われるようになりましたが、建設現場で広く使われているかというと、そうでもありません。内藤氏も話していたように、現場で多用される「こそあど言葉」によるコミュニケーションが、大きく影響しているためです。
ビデオ通話システムを使ったとしても、具体的にどの部分が「あれ」「これ」に該当するのかを特定するのは、かなり骨が折れるコミュニケーションなのです。
さらに、建設現場特有の事情もあります。建設現場は、複数の会社さんが関わっているので、違う企業の関係者間でWeb会議の環境構築をするのが難しいのです。こうしたさまざまな事情が、ハードルになっているのだと思われます。
それならば、我々の建設現場の知見と、エピソテック様のAR技術とを組み合わせて、これまで「往復2日・作業5分」といったような非効率な作業を、ARでつなぐことで解決できないかと考えたのです。移動時間の削減はもとより、ユーザー様にとっても、ちょっとした困りごとでも気軽に相談でき、スピードアップにもつながると思います。

内藤氏:建設業界も含め、当社にコンタクトするきっかけとして、遠隔支援を模索しているケースは多いです。現場の若い人たちに対して、熟練者の方が遠隔支援できないかといった点で共通しています。

 AR技術で「現場」が変わる(後編) へつづく

記事のライター

石野祥太郎

石野 祥太郎   建設DXジャーナル初代編集長/古野電気株式会社

無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進

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