コラム
“1秒”の長い歴史【前編】

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では、問題です。
Q.1 1999年のアカデミー賞で11部門にノミネートされ、監督賞など5部門を受賞したトム・ハンクス主演の映画の題名は『プライベート・ライアン』でしたが、 映画前半のヤマ場となる連合国軍のノルマンディー上陸作戦を描いた1962年公開の映画『史上最大の作戦』の、原題は何だったでしょうか?

1日の長さは変わる?

早押しクイズにありがちな二重三重のトラップが潜む問題文でしたが、お分かりになりましたでしょうか? 正解は “The Longest Day"です。勇壮で悲愴なマーチが思い浮かんだという方もいらっしゃるでしょう。
戦争の帰趨(きすう)と歴史の行方を決める上陸作戦の重みを、原作者は「最も長い日」と修辞的に表現しました。その影響を受け『日本のいちばん長い日』(1965年)という映画も公開されるほど、強い印象を与えるタイトルでした。
人間が感じる時間の長さは主観的なものですが、実は物理的にも1日の長さは長かったり短かったりと、年間を通じ変動していることをご存知でしょうか。それにまつわる次の質問がこちらです。

Q.2 正確に計測すると、太陽を基準とした1日の長さは季節によって変わっています。その変化量はどの程度でしょうか? 次の4つから選んでください。
①ミリ秒(ms)単位 ②秒(seconds)単位 ③分(minutes)単位 ④時間(hours)単位

「1日の長さ」を「昼間の長さ」と読み誤ると④を選んでしまいそうです。逆に詳しい方が①を選ぶ理由も分かります(これについては後述)。
あらためて定義に立ち戻ると、1日の長さとは「太陽が真南を通過する”南中”から次の南中までの時間」とされ、これは”南中時間隔”とも呼ばれます。その変動を表すグラフに解答が示されています。南中時間隔は年間を通じ±30秒程度の幅で変動していますが、変動幅が1分には満たないので残念ながら③は不正解。したがって正解は「②秒単位」となります。それにしても意外に大きな変動幅だと感じませんか?

変動の理由は地球の自転と公転にある

もう少し詳しく見てみましょう。グラフでは1年のうちに2つの山が描かれ、その高さが異なっています。そこから読み解けるのは、この変動は1年周期と半年周期の2つの成分が重なったものであるということです。
前者の1年周期はもちろん地球の公転が理由です。その軌道は真円からわずかにずれた楕円であり、太陽との距離でいうと最大で約500万kmの差が生じます(平均では約1.5億km)。最も遠ざかる「遠日点」が7月初旬で、そのときには公転速度は遅くなり、1月初旬に「近日点」を通過する頃には公転速度は速くなります。これが1日の長さに変動が生じる1つ目の理由です。

言葉だけではピンと来ないでしょうか?理解の助けになるよう、視点を北極上空に置いてみることにしましょう。すると眼下には、コマのように左回り(反時計回り)しながら、ゆるやかな左カーブの公転軌道を進む地球が見えてくるはずです。
また、1日の長さは地球が360度回転する時間とイコールではありません。1回の自転をする間に地球は、公転軌道を1日分だけ先に進みます。その分、地球から見る太陽の向きは左後方に移動します。それに相当する回転角を加えてはじめて、太陽がふたたび南中し、新たな1日が刻まれることになります。
これをかんたんな式にまとめると以下のようになります。

1日(南中時間隔)=自転1回+α(公転1日分に相当する自転の回転角分)

自転の速度が一定だとしても、公転速度が速いか遅いかで上式のαの値が変動し、1日の長さにも変動が生じます。これが、グラフの2つの山のうち太陽により近く、公転速度も大きい冬のほうが高くなっている理由です。

いっぽう半年周期の変動の理由は「地軸の傾き」です。公転面に対する自転軸の傾きはつねに一定ですが、太陽から見た場合の「見かけの自転軸の傾き」は、冬至で垂直⇒春分で最大⇒夏至で垂直⇒秋分で最大と1年のうちに2度入れ替わります。この幾何学的関係から、先に示した式のαは冬至・夏至では大きく、春分・秋分では小さくなり、前掲のようなグラフが描かれるわけです。

先述のノルマンディー上陸作戦が行われたのは、1944年6月6日のことでした。Longestとは言えないまでも、Longerな1日であったと物理的には言うことができるわけです。

太陽から見た地球の自転軸の傾きは、1年のうちに23.4度~マイナス23.4度と変化する。
絶対値では半年周期となり、これがαの値の半年周期での変動の理由。
Google Earth 画像(Landsat, Copernisus)をもとに作成

地球を離れる”1秒”の基準

時間の基準となる1秒の長さは、1日の長さを12進法で分割して決められていました。基準とするからには、年間±30秒もの変動を放置するわけにはいきません。そのため1年を通じての変動を均(なら)した「平均太陽日」という概念が導入されました。
ここでいう平均とは、ある期間における平均値という意味ではなく、真円の公転軌道を回り、公転面に対し垂直な自転軸を持つ“仮想的な地球"の1日の長さを意味するものです。前掲のグラフでいうと、値が0のところに引かれた水平な直線に相当します。1799年、フランス革命政府が公布したメートル法に「1秒とは1平均太陽日の1/86400」という定義が登場し、長きにわたって使われることになります。

出典:"The Evolution of the Quartz Crystal Clock" by W.A. Marrison, Bell System Technical Journal, 1948(注釈は筆者)

時間を計測する技術の進歩とともに秒の定義も進化します。機械式時計やゼンマイを用いたクロノメーターの発明、あるいは重力式振り子の改良により、1日の長さのゆらぎが1秒前後の精度で計測できるようになったのは19世紀に入る頃のことでした。20世紀には水晶を振動子として使うクオーツ時計が、1日あたりミリ秒オーダーの精度を実現しようとしていました。
こうした技術を背景に、大戦を経た1956年には国際度量衡委員会(CIPM)が、より変動の少ない地球の公転をもとに、1年を等分する定義(地球の公転周期の 1/3155万6925.9747)を勧告します。メートル法による定義から約150年後のことでした。

さらにその定義をアップデートしたのが原子時計です。原子(核種)ごとに固有の振動を振り子のように使い、この振動=状態変化に同期させた電波の周波数を読み取り、波数をカウントして1秒を得る、という原理です。アイデアそのものは戦前からありましたが、1950年代に開発された非放射性のセシウム(Cs)を使った原子時計の安定性が確かめられたことで、1967年に「セシウム133原子の基底状態の二つの超微細構造準位の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間」と1秒の定義が改められました。

ここに至り時間の基本単位は、地球の自転や公転とは独立したものとなりました。これは同時に、地球の運動そのものの揺らぎを正しく計測できるようになった、ということを意味します。

“1秒”の長い歴史【後編】

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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