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虹が教える2周波GNSSのメリット

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「どうして虹は?」に対するいくつかの回答

「虹はどうして見えるの?」との問いに、あなたならどう答えるでしょうか?

「雨上がりに日が差して見える虹は、心のうちにある希望の象徴です。あなたの心に希望があるから、虹が見えるのです」

時と場合と相手によってはこのような回答も正解です。もちろん物理の言葉で以下のように答えることもできます。

  1. 浮遊する球形の雨滴に平行光である太陽光が入射する。
  2. 反射・屈折して雨滴から出ていく光が、入射光となす角度「反射角」は約42度と一定なので、
  3. 観察者からはこの条件を満たす雨滴が天空に円弧状に並んで見える。

光が雨滴(RAIN)に反射し、円弧状(BOW)に見える理由はこの通りなのですが、虹を虹たらしめている鮮やかな色彩のグラデーションについてはさらに解説が必要です。続けましょう。

  1. 太陽光は多くの波長の光が混ざった白色光であり、プリズムを通すことで分光が起きる。
  2. この分光は、波長の長い赤い光より短い紫のほうが大きく屈折することから生じている。
  3. 雨滴の中でも同様に、色(波長)の違いで屈折の大きさが異なることから分光が起こり、赤と紫では反射角にして約2度の差が生じている。
  4. これにより虹は、視野角にして約2度の範囲に赤から紫までのグラデーションを見せる。視線上にある雨滴の反射光が重なることで、虹はより明るく見える。

まとめると「空間に多数存在する均一な球形の雨滴に、平行な白色光が入射・反射・分光されることで虹が生じる」と説明できます。「50字以内で説明せよ」との設問なら、これで満点のはずです。
また、話を地球上から太陽系に拡げると、もし濃硫酸の大気を持つ金星や、液体のメタンが存在すると言われる土星の衛星タイタンなどで見られるとしたら……。虹をもたらす液体の屈折率や波長による光の吸収特性、あるいは表面張力と関係するであろう雨滴のサイズや均一性など、物性のさまざまな違いから、地球とは大きさや色数の違う虹が見えるはず、と想像も膨らみます。
いずれにせよ、ここまで説明した虹の原理のうち、分光すなわち「波長の違いで屈折率が異なる」ことだけ押さえていただき、話を次に進めます。

波長で速度が変わるのは

そもそも屈折とは「光や音波などの波動が、媒質の境目で進行方向を変える現象」です。なぜそれが起きるかといえば、そこで速度の変化が起きるからです。
屈折と速度変化の関係を説明するには、一般的に「舗装路から未舗装エリアに出ようとするクルマの例え」が用いられ、「屈折は、路面境界での走行抵抗の変化でクルマの進路が曲がる現象と、同様である」と説明されます。未舗装エリアは抵抗が大きいため速度が低下し、遅いほうに進路が曲げられてしまうというアナロジーでおおむね間違いありません。むしろこれ以上の説明は量子力学の分野に踏み込むことになるので避けたほうが賢明かもしれません。

虹の場合でも、大気中から雨滴に入射する光の速度低下が起こっています。イメージをつかみやすくするため数値を挙げてみましょう。
波長700nm前後の赤い光の屈折率は約1.33です。屈折率とは媒質中の速度比のことで、入射により赤い光の速度は0.751倍(≒1/1.33)となります。ここでは約24.9%の速度低下が起こっています。いっぽう波長400nm前後の紫の光の屈折率は約1.34で、速度低下は約25.4%。
約24.9%と約25.4%というわずかな数値の違いですが、この差の中に、虹の鮮やかなグラデーションが存在しています。
冒頭の「なぜ虹は……」の問いに対し、「雨滴のなかでは赤と紫の進む速さが違うから」も正解と言えるでしょう。少なくとも「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と叱られることはないと思います。

この原理をGNSSのプロも応用

(画像:スマホ画面キャプチャ)
筆者私物のDual Band GNSSスマホにGoogleの"GnssLogger App"をインストール、L1帯(左)とL5帯(右)での受信状態を示す画面。中央列の"Y"は、その行の情報(ch/band)を測位演算に使っているかどうかを示す。あくまでL1帯がメインで、L5帯の情報は補完的であることが分かる。

さて、地上に届くGNSSの測位信号も、宇宙空間から地上に到達するまでに、虹と同様に速度変化を経験しています。
もっとも大きく関与しているのが、大気上層にある「電離圏」です。

電離圏とは太陽光や宇宙線により希薄な大気が電離したプラズマ(イオンや電子)層のことで、さまざまな擾乱を受け地域や時間帯により内部の状態は大きく変動します。
ものすごくざっくり例えると「宇宙と地上の間には“電子の雲”が存在し、その厚み(電波への影響)は時々刻々と変動する」という表現でもいいでしょう。

測位信号の到達時間を測ることで、衛星とGNSS受信機間の距離を推定することは、衛星測位の基本中の基本です。しかし、この“電子の雲”で生じる距離の誤差は数メートル~数十メートルに及びます。測位精度向上のためにはこの影響を見積もったうえでキャンセルする処理が欠かせません。このときに「波長(周波数)が異なると、速度変化の程度も異なる」という物理を応用することができます。以下のような手順です。

  1. GPSではL1帯(1575.42MHz)、L2帯(1227.60MHz)、L5帯(1176.45MHz)など、複数の周波数帯で測位信号を放送する。
  2. 測位信号が真空の宇宙空間から地上の受信機に到達するまでに生じた速度低下は、周波数によって異なる(周波数の2乗に反比例)。
  3. L1帯とL5帯などの信号の到達時間差などから伝搬速度の差を求めることができる。定性的には前述の “電子の雲”が厚いほど到達時間差=伝搬速度差は大きくなる。
  4. ここから電離圏による影響を見積もり、その影響をキャンセルする補正を行う。

電離圏の影響を知るには、固定された連続観測点のデータを活用する場合もありますが、上記手法はGNSS受信機だけで完結するため、プロが行う測量で当たり前に使われています。虹の例えで説明するとすれば「異なる2色の視野角を精密に測ることで、媒質の屈折率を推定する作業」ということになるでしょうか。こうした手法などで電離圏の影響を低減することで、一般ユーザーが知る測位誤差「数メートル」のGNSSの世界が、プロが扱う「数センチ~数ミリ」の世界に近づいていきます。測位演算の結果が最初に出てくるまでの時間(TTFF=Time To First Fix)も短縮され、現場での使い勝手が大きく向上します。

最近ではスマートフォンでも「Dual Band GNSS」で高性能をアピールするモデルも増えているようです。なかなかエンドユーザーまでそのアピールが伝わっていないかもしれませんが、背景にはこのような物理があることを知っていただければと思います。

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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