コラム
地震と宇宙が出会うとき

  • タイミング市場

時刻同期された観測ネットワークとしてまっさきに思い浮かぶのが地震観測網です。これまでのコラムでも、地震観測のネットワークはGPS普及初期からの重要なアプリケーションであるとご紹介してきました。今回は地震観測とGPSの「なれそめ」を掘り下げてみたいと思います。

「容易に完成したのでその概要を報告する」

「民生用GPS受信機基板の精度を検定し, それを利用して地震観測用の時計を製作したところ, 消費電力が小さく安価で高精度な時計が容易に完成したのでその概要を報告する.」
”GPS受信機基板を用いた地震観測用高精度時計の製作”, 『地震』第46巻,1993, 67-77頁, 森田裕一・西村太志, 東北大学理学部

この一文は東北大理学部の森田裕一氏と西村太志氏による1993年の論文の一節です。著者は恒温槽付きの水晶発振器(OCXO)をNHKの時報やJJYなどで自動較正する方式が、「日本国内においては多くの実績を持ち, 信頼性が高い」としたうえで、「JJY等のない外国では使えない」「消費電力が大きく電池で使えない」などの問題点を挙げ、解決策としてGPS受信モジュールを使った時計の製作を試みました。以下が論文収載の回路概要図です。

上記論文より抜粋。右端に「FURUNO製GPS受信機 GN-72」

図中のGPS受信機「GN-72」は、カーナビ普及初期のFURUNOの最初のモデルです。「当時としては画期的な小型1枚基板の普及型GPSの受信機」("FURUNO GPS開発ヒストリー”より)として、1秒ごとのパルス(1PPS)出力の他に、うるう秒対応済みの高精度の時刻情報をシリアル出力する機能を有していました。論文著者の地震学者もこの機能に着目。これを使ってTCXO(温度補償型の水晶発振器)を自動較正することで、絶対時刻と0.1μ秒の精度が容易に得られたと報告しています。さらに「我々がアフリカのザイール共和国に設置している広帯域地震計にもこのGPS時計が利用され, 今なお正常に動作し続けている」「初期設定が不要で自動較正する(メンテナンスフリー)時計は極めて有用」と高い評価を与えていました。事実と論理で積み上げていく学術論文ではありますが、紙背には自らハンダゴテを振るう勢いで試行錯誤を繰り返し、その末に勝ち取った成功を謳い上げる意気を感じます。まさに標題の「地震と宇宙の出会いの瞬間」を伝えるヴィヴィッドな報告ではないでしょうか。

地震学者に聞いてみた

出会いの瞬間を物語るそのものズバリの論文、もちろん自力で発掘できたわけではありません。火山学・地震学とGPS時刻同期の関わりについて、東京大学地震研究所准教授の中川茂樹先生に話を伺うにあたり、予習のための資料としてお送りいただいたなかで最も古いものがこの論文でした。そしてその電子工作奮戦記的な筆致にすっかり魅せられてしまいました。
中川先生によれば、GPSによる時刻同期が特に威力を発揮したのは地下構造探査からだったそうです。地下構造探査では、1)対象となるエリアに数十機以上の観測装置を展開し、2)火薬や起振機などから発生させた音や振動を多地点で計測し、3)得られた観測データを統合し解析することで、4)元来見ることのできない地下構造を詳細に把握しようとするものです。
こうした観測・解析において、各装置の時刻合わせや観測データの時差補正にはたいへんな手間が必要で、しかもそれをやらないと意味のある結果が得られないという、重要な作業でもありました。しかしGPSによる自動時刻較正の登場で、機器が記録した時刻は「信頼できるものとして扱う」ことができるようなり、事態は一変します。この後、人工衛星回線を使って日本中の地震計データを集める取り組みなども試みられましたが、これも各地の地震計がGPSで較正されているからこその取り組みでした。

「自然地震観測でも時刻同期はきわめて重要です。数十キロ間隔で設置された観測点のデータを使うため、遠く離れた点同士でも、時刻が正確に合っている必要があります。地震観測においては、観測点間隔が密でも疎でも時刻は重要であり、もはやGNSS利用は当然の前提となっています。むしろその重要性が忘れられているといってもいいくらい、当たり前のものなんです」(中川先生)

多少、情緒的な表現となりますが「地震学は宇宙と出会い、次のステージに進んだ」と言いたくなる気持ちが、分かっていただけるでしょうか。

地震学者と地震が育てた、時刻同期用GPS受信機

写真:GT-77(1997年)。FURUNO GPS開発ヒストリーより。
「地震計ネットワークの同期用に現在も活躍中です。」と説明されています。

資料を拝見し話を聞くと、地震学者はツールとしてのGNSSをただ使うだけでなく、システムを深く理解し、メリットとデメリットを見極め、そのメリットを最大限発揮できるように使い倒してこられたことが分かりました。冒頭に上げた論文でも、「あるインターバルでGPS受信機の電源をONにして時刻較正を間欠的に行うことで、電力と時刻精度のトレードオフを解決」といった工夫や、「トラッキングできる衛星数が少なくなっても時刻を出力し続けられないか」といった要望も記されています。FURUNOもそうした時刻同期のニーズに応えようと、ナビゲーション用途を想定したGNシリーズから、時刻同期に特化したGTシリーズを分化させて改良を重ねてきました。
日本では阪神淡路大震災(1995年)以降、地震観測ネットワークが急速に整備されました。現在では気象庁の震度観測点、防災科学技術研究所の強震観測網、あるいは大学・地方公共団体・民間企業などが設置した地震計が非常に稠密に配置されていますが、その多くにGTシリーズが使われています。
現代社会のインフラである通信・放送分野も支えるGNSS時刻同期の製品群。その誕生と成長に地震学者と地震の存在は大きかった、というお話でした。

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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