コラム
「いち、にの、さん!」と117とGPSの似たところ

  • タイミング市場

いろんな現場でタイミングは大事

複数人でいっしょに仕事するときは「息を合わせる」必要があります。タイミングの共有と言い換えることもできます。

たとえば大都市シカゴの病院を舞台にした有名ドラマでは、患者をストレッチャーから処置台に移す際、”On my count, 1, 2, 3!”と医師が声をかけていました。持ち上げ動作は3カウント目。ナースや救急隊員との共通理解がキビキビした動きにつながり、ドラマの緊張感を高めていました。

あるいは、もしあなたが合唱隊の指揮者として4拍子の楽曲を振るとしたら、おそらく「1、2、3、ハイッ!」と歌い出しのタイミングを指示することになるでしょう。リハーサルで念を押しておかないと、ずっこける人が出るかもしれません。

「いっせーのせ」(東日本)や「さんのーがーはい」(九州の一部)など、重いものを持ち上げる掛け声は地方によって大きく異なるといいます。こうした違いは世代、業種、業界、あるいは現場ごとにもありそうです。違いの理由は、それぞれの現場ごとに試行しすり合わせ固められてきた、ノウハウや工夫がそこに詰まっているからかもしれません。いわば、その集団の歴史と言ってもいいでしょう。長く伝承されてきた「ワッショイ」「ソイヤッ」「ラッセラー」など祭礼の掛け声も含め、これらはもっともプリミティブな形のタイミング共有、つまり時刻同期の作法ではないでしょうか。

同じ場所に集まって仕事するなら、作法は現場ごとに異なっていても問題ありません。しかし離れた場所にいる、会ったことのない人どうしがいっしょに仕事をするときは、事前に定められたルールを共有し、時刻同期を行う必要があります。

117とGNSSの、時刻報知の構造とルール

固定電話からでもスマホからでも、117にかけると時報が聞こえてきます。毎分00秒と30秒には、時刻を知らせるアナウンスと3回の予報音に続き、「ポーン」という時報音が聞こえてきます。何を分かりきったことをと思われるかもしれませんが、強調しておきたいのは、時報では「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。ただいまお知らせしたのは午前11時57分ちょうどでした」とはならない、ということです。時刻を伝えてから音を鳴らすスタイルが基本的な作法であり、それを期待し、その前提に従って、世の中は動いています。

NTT時報をパソコンで録音し、筆者が波形に注釈を加えた。ちなみにNHKの予報音/時報音は440Hz/880Hzだが、NTTでは500Hz/1000Hz。NHKの時報の始まりはピアノだったとのこと。

GNSSの世界でも、まさにその作法にのっとって時刻が伝えられています。最初のGNSSである米国のGPS以来、一般的な信号仕様は公開されており、衛星から送信される情報は「航法メッセージ」と呼ばれています。そのおおまかな構造を見てみましょう。

GPS航法メッセージ(L1C/A信号)の基本構造。Interface Standard (IS-GPS-200M)より作成。(出典:https://gps.gov

航法メッセージは0か1かの2進数で記述されています。送信速度は50bpsとゆっくりです。
データ区分の最小単位は30ビットの「ワード」です。10ワードで次の単位「サブフレーム」となります。1サブフレーム=10ワードなので長さは300ビット、伝え終えるのにかかる時間は6秒です。
この構造を列車になぞらえてみましょう。1ワードを30席の1車両とすると、1サブフレームは10両で構成される列車1編成となります。

航法メッセージを列車になぞらえてみた図(いらすとや素材を使い、筆者作成)。117ではアナウンス終了の約4秒後に時報音が鳴るが、GPSの航法メッセージでも約4秒は同じだった。

時刻が載っているのは2号車(第2ワード)で、そこには後続の編成(サブフレーム)が始発駅を発車した(衛星から送信された)時刻が記されています。現実の列車と違い、航法メッセージは連続的に送信されて(密着走行して)いるので、切れ目が分かるよう先頭車両の先端(第1ワードの先頭)には、プリアンブルと呼ばれる8ビットの目印が付与されています。GPS(L1C/A信号)では“1000 1011”と決まっています。117でいう「時報音」に相当するのがこれです。

GNSS受信機の内部では、2号車で読み取った時刻と、自分が持っている時計の時刻とを、編成先端の通過するタイミングで比較し、時間差を求めます。
ここで得られた時間差、つまり衛星から受信者までの信号の到達時間こそが、GNSS測位の重要な基本ピースです。

「時間差を取得する」が基本中の基本

ここであらためてGNSS測位のしくみを説明しておきましょう。まず前提として、GNSS衛星はとても正確な、地上の受信者もほぼ正確な時刻を刻む、時計を持っているとします。

  1. 衛星が発する航法メッセージには、軌道情報(衛星の位置に関する情報)のほか、搭載の原子時計によるタイムスタンプが刻まれています。
  2. 受信者はタイムスタンプの到着時刻と自分の時計の時刻を比較することで、信号の到達時間を求めます。
  3. それに光速を乗じることで、衛星~受信者間の距離を推定し、
  4. 複数の衛星でこれを行うことで、衛星の位置との幾何学的関係から受信者位置を求めます。

いったん受信者の位置が判明すれば、この処理プロセスを逆回転させることができます。

  1. 受信者の位置と軌道情報から、衛星までの距離が分かります。(3の逆の操作)
  2. 距離がわかれば、これを光速で除することで、航法メッセージの到達時間が分かります。(2の逆の操作)
  3. 地上の時刻から到達時間を差し引くことで、衛星搭載の原子時計が刻む時刻が分かります。(1の逆の操作)

同じ地点を動かずにこのプロセスを行う場合、4に相当する操作が省略できることにご留意下さい

こうした操作を経て衛星搭載のとても正確な時計を参照することで、地上の時計が刻む時刻をほぼ正確に維持することができます。宇宙と地上で数万kmを隔てたGNSS衛星と受信者が、ただしく時刻を共有することができる、というわけです。いずれにせよ測位の基盤は「2)時間差を読み取る」ことであり、時刻同期はGNSS技術の核となっています。

さらにこれを拡張すると、GNSS衛星と時刻同期した地上の多くの受信者どうしは、離れた場所にいても時刻を共有して一つの仕事に取り組むことができるようになります。その典型的な事例が地震観測システムです。次回の記事では、GPS普及初期からの重要なアプリケーションでもある地震観測と時刻同期について、専門家に伺った話をご紹介します。

記事のライター

喜多 充成氏

喜多 充成   科学技術ライター

1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。

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