古野電気のアクティビティを現場から伝える新シリーズ、「FURUNO Field Report」第1回は、2025年10月22日に東京・飯田橋のIIJグループ本社で開催された“GNSS Time Sync 2025”をレポートします。
GNSS時刻同期に特化した日本初※のこのイベントには古野電気を含め官民5名の登壇者と、放送や通信などさまざまな業界、そしてユーザーやベンダーや研究者がそれぞれの立ち位置から参加。会場104名、オンライン154名※による熱のこもった情報共有の場となりました。本稿ではイベントの概要を振り返るとともに、イベント開催の今日的な意義についても考察したいと思います。
※ 主催者調べ
会場風景
会場となるIIJグループの本社は、JR飯田橋駅の西口にそびえ立つ高層ビルに入居しています。改札を出て見上げながら筆者が思い出したのは、30年以上前の出来事でした。
ある年代以上の方なら「WWWとのはじめての遭遇」をご記憶なのではないでしょうか。設立間もないIIJのオフィスでそれを体験しました。場所は赤坂溜池と立地は一等地ながら、取り壊し間近の古びた建物で、室内に差し込む西日のまぶしさとともに味わった「クリックひとつで世界とつながる衝撃」を鮮明に覚えています。
そこからの同社の活動を傍で見ながら筆者は「IIJとは、インターネットの恩恵を隅々に行き渡らせるため必要な、ソフトウェアとハードウェア、技術と知見を統合して提供できる実力組織である」と認識するようになりました。そのIIJが「GNSSと時刻同期」をテーマとして主催するイベント、期待を抱かないではいられません。
当日の登壇者は実務家、研究者、官僚から5名。それぞれのプレゼン概要をまとめた記事は、内閣府みちびきWebサイトにも掲載されています。そちらも参照いただきながら、イベント開催の背景について3つのポイントから考察してみたいと思います。
時刻同期セミナー「GNSS TimeSync 2025」にみちびきが参加(内閣府みちびきWebサイト、2025年12月03日)
https://qzss.go.jp/info/archive/time-sync_251203.html
最初の視点は、GNSS時刻同期が「システムの深層に潜む、業界横断的な技術」である点です。
GNSS時刻同期は「インフラの中のインフラ」としての認識が広まりつつあるものの、決して目立つ場所に置かれているわけではありません。たとえば放送業界なら、取材や編集や放送配信を行うハードやソフトがまずあり、それを支えるネットワークがあり、そのネットワークを支えるシステム技術として、奥の院に位置しています。通信業界でも主役となるのは端末や基地局設備、あるいは交換設備などとなるでしょう。おそらく電力供給網や金融システム、データセンターなどでも、時刻同期に関わる部門は入口を入ってすぐのところではなく、いくつもの扉を抜けてたどり着いたディープな部屋に収められ、それぞれのインフラを支えていることでしょう。
いっぽうで「GNSS信号を良好に受信し、高品質の時刻情報を生成し供給する」という部分では、業界を問わずまったく共通であり、直面する問題も多くが共通しています。それぞれの業界で深い部分を担うエンジニアどうしの「横断的な情報共有」が、今回のイベントが目的とするところのひとつでした。
たとえば精工技研・藤浪圭氏が紹介した、GNSS信号を光信号に変換し、光ファイバーケーブルで長距離伝送する「A-RoF技術」や、セイコーソリューションズの鈴木康平氏が説明した、時刻源のGNSS依存の現状とPTP(高精度時刻同期プロトコル)の進化や普及についての解説も、業界に横串を通せるソリューションという共通の軸上にあったように思います。
(左)株式会社精工技研 機器事業部 藤浪 圭氏、(右)セイコーソリューションズ株式会社 鈴木 康平氏
続くポイントが「直面する脅威」です。言うまでもなく地域紛争に伴い拡大激化するジャミング・スプーフィング等の妨害活動が、いつまでも対岸の火事ではないという切迫感は、確実に共有されていたように思います。
古野電気の橋本邦彦(システム機器事業部 開発部 主任技師)が報告した、ノルウェーでの世界最大規模の妨害・干渉フィールド試験「Jammertest2025」の模様は、来場者にとって、より高い解像度で脅威を理解する助けとなっていました。それに続き話題にした国内のLTE基地局が発する電波によるGNSS干渉試験の報告も大きな関心を呼びました。GNSSアンテナの変更により大幅な干渉抑制を実現させたデータがプロジェクタに映し出された瞬間、来場者の視線がぐぐっとスクリーンに引き寄せられたように筆者には感じられました。
ノルウェーのテストサイトの空気感やLTE干渉試験や実データ提示などを踏まえ、橋本が訴えた内容――意図的な、あるいは意図せざる妨害干渉源が存在する日常では、受信機にはより高度な「干渉検知能力」が求められ、それがサービス品質を大きく左右する――は、参加者にも「刺さる」メッセージとなっていました。
古野電気株式会社 橋本 邦彦
内閣府 三上建治氏(宇宙開発戦略推進事務局参事官、準天頂衛星システム戦略室長)
そして3つめのポイントが「マルチレイヤーな未来像」です。
内閣府の三上建治氏のプレゼンでは、静止軌道の軌道面を傾斜させ長軸を伸ばした「準天頂軌道」の解説と、そこにみちびきの衛星群を適切に配置することで、他のシステムに依存することなく日本独自に測位信号=時刻同期信号を供給できるようになる、との説明がありました。
またNICTの井戸哲也氏は、太陽フレアによる電離圏擾乱(じょうらん)に備える「宇宙天気予報」の取り組みや、究極の時刻精度を実現する「光格子時計」の活用の現状、そして光格子時計で得られる超高精度時刻情報を光ファイバーネットワークで全国に供給するインフラ網の構想などを紹介しました。
みちびきの衛星群は、3.6万~4万kmから測位信号を降らせます。地上2万kmを周回するGPSのほぼ倍の高度からです。また、時刻情報供給のための光ファイバー網は、地表や地下に敷設されることになるでしょう。GNSSを上下からはさみ込むような2つのインフラを合わせ見ると、「マルチレイヤーの備えで、正確な時刻を維持する」という覚悟の込もった未来像が提示されたように思えます。
そもそもこのイベントは、「時刻同期はGNSSに多くを依存するが、そもそも仕様がオープンであるため本質的に脆弱性をはらむ」(IIJ・山本文治氏)との問題意識から、現状の脅威と対策を共有しようと始まりました。イベントの締めで主催者は、参加者の熱量に謝辞を述べ、継続したイベント開催の意向を伝えました。その場の空気に触れた一人として、控えめに言っても「大成功」のイベントだったと感じます。
会場となったオフィスビルは江戸城・牛込門そばの土塁跡に建てられたといいます。窓からはJR中央線の先に深い色の水をたたえた外濠(そとぼり)を見下ろすことができました。「外濠の水はどこから来たのか。水を貯め場所に導く技術は、都市や人を支えてきたのだろうな」、などと考えながら、あるアナロジーに思い至りました。
灌漑のための水、衛生的な飲料水、手術に使える無菌水、半導体製造を支える超純水などと、人類はより「高い品質の水」を追い求めてきた。情報通信のネットワークを水路、そこに流れる時刻情報を水と考えるとき、要求される精度と確度はマイクロ、ナノ、ピコ秒とレベルが上がっている。雨のように空から降り注ぐ時刻信号を活用しつつ、それらが途絶える「日照り」への備えも怠ってはならない――。
いずれにせよ、このイベントは現状認識をアップデートできる貴重な機会でした。次回もぜひ訪ねてみたいと思います。
株式会社インターネットイニシアティブの山本文治氏(左)とNICT井戸哲也氏(電磁波研究所 電磁波標準研究センター 時空標準研究室 室長)が、ハンドサインでTimeSync
古野電気の橋本邦彦(システム機器事業部 開発部主任技師)は、「GNSSによる高精度時刻同期とその脆弱性対策」と題した講演で、GNSS受信機が直面する5つの具体的な脆弱性と、それを克服するための先進的なソリューションを、実証実験データと共に詳解しました。最後に、その概要を紹介します。
GNSSは「誰でも、どこでも、いつでも、無料で」使えるという圧倒的な利便性を持つ一方で、その仕組み自体が脆弱性に直結しています。信号仕様がオープンであることはスプーフィング(なりすまし)に、信号が微弱であることはジャミング(妨害電波)やRF干渉につながっている。これらの脅威を環境要因、妨害、なりすましなどに大別し対策を解説した。
対策1:マルチパスの影響を緩和するDSS(Dynamic Satellite Selection™)技術
ビル街や山間部では、建物に反射して受信機に届く反射波(マルチパス)が大きな問題を引き起こす。NTT研究所での実証実験では、マルチパス環境下で高精度の時刻同期に求められる規格を、市販のGNSS受信機の多くが満たせなかった。
これを緩和するため古野電気がNTTと共同開発した「DSS(Dynamic Satellite Selection™)」では、受信した衛星信号のうち、精度劣化につながる「質の悪い信号(NLOS:反射波のみ届いている)」などを動的に識別し、測位計算から除外する。あえて「少数精鋭」で、良質な衛星信号のみを使うことで、マルチパス環境下でも時刻同期精度を約1/5に改善し規格をクリアした。
対策2:基地局との共存「RF干渉」を防ぐアンテナ技術
GNSS受信機が直面するもう一つの課題が携帯電話の基地局(LTE基地局)の近傍に設置された際の「RF干渉」だ。無対策のGNSSアンテナと、最新の耐干渉アンテナ(AU-500)を基地局のすぐそばに設置して比較した、立命館大学での実証実験の結果を紹介。無対策アンテナがたびたび信号をロストしたのに対し、AU-500は安定した受信を継続したデータを示し、時刻インフラの「入口」であるアンテナの選定が重要であることを印象付けた。
対策3:悪意ある攻撃「スプーフィング」を検知する「DoA」
悪意を持って行われるスプーフィングに対しては、「DoA(Direction of Arrive:電波到来方向検知)」という先進技術を紹介。複数素子のアレーアンテナを用い、電波の到来方向が上空(衛星)からか地上(攻撃者)からを判定する技術である。
DoAアンテナによる実証実験の結果を示し、受信機がより高い確度で「攻撃を受けているかどうか」を認識することができる、これは誤った時刻情報を出力することなく、サービス品質の低下を防ぐことにつながると説明した。
発表のまとめとして橋本は、未来のシステムはGNSS単体で耐えるのではなく、地上のネットワークやLEO(低軌道衛星)、原子時計といった「GNSS + Alternative(代替手段)」と補完し合う形で構築されるべきと提言。干渉下でもしぶとく動き続けることより、攻撃を検知したら即座に出力を停止する「保護的PPS(Pulse Per Second)シャットダウン」が、レリジエンシーにつながるとの見方を示し、新時代のGNSS受信機には、攻撃や障害を正確に見抜く「保護的検出能力」が必須の機能となると訴えた。
来場聴講者から質問攻めの古野電気株式会社 橋本 邦彦
1964年石川県生まれ。産業技術や先端技術・宇宙開発についての取材経験をもとに、子供からシニアまでを対象に難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009-2014)。著書・共著書に『あなたにもミエル化? ~世間のなりたちを工学の視点から~』(幻冬舎mc)、『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)、『東京大学第二工学部70周年記念誌 工学の曙を支えた技術者達』(東京大学生産技術研究所)ほか。
※本文中で使用した登録商標は各権利者に帰属します。
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