「圏外」の現場に、電話が通じた日
~新井組が能登復旧工事で実現したスターリンク×ゼンゲンバLANシリーズの現場DX~
2026年06月24日
能登半島地震から1年以上が経つ今も、復旧工事は続いている。山間部や海岸沿いの被災地には、携帯電話の電波が届かないエリアが少なくない。そうした「圏外」の現場では、発注者からの電話が担当者につながらない。そんな当たり前のようで深刻な課題を解決したのが、(株)新井組(兵庫県西宮市)土木本部 技術部のICT推進室だ。同室で現場のICT活用を取り仕切るリーダー、森室長に話を伺った。
能登の現場
発注者から電話が来ても、誰も取れない
「現場に事務所を置いても、昼間は誰もいないんです」と森室長は語る。「現場担当職員は全員、道路や斜面に出ている。そこに発注者から連絡が来ても、圏外で取れない。これが一番の困りごとでした」
今回の現場は能登半島の山間部に位置し、携帯電話の電波がほぼ届かない環境だった。
最初に検討したのは「Starlink Direct to Cell(スターリンクダイレクト)」だった。SpaceXが世界22か国以上・15社超の携帯キャリアと提携して展開するサービスで、専用アンテナや機器の追加なしに、手持ちのスマートフォンを衛星に直接つないで通信できる。米国では2024年から商用化され、日本でも2025年に国内初の商用サービスが始まった。2026年4月には主要キャリアが出そろい、急速に普及が進んでいる。
現時点では屋外かつ地上電波が届かない環境でのみ動作し、SMS(ショートメッセージサービス)の送受信やSNS・メッセージアプリなどの低速データ通信が使える。音声通話には対応しておらず、電話の代わりにはならない。それでも「まずSMSで連絡が取れれば」という期待から、導入を検討した。
しかし、大きな壁があった。Starlink Directは、地上の電波が完全に届かない環境のみで機能する仕様だ。キャリア電波が少しでも受信できる環境では、端末が地上の携帯回線を優先してしまい、衛星に切り替わらない。
現場でも微弱な電波は届いており、完全に圏外ではなかった。そのためStarlink Directは使えず、一方で携帯回線の通信速度も実用にはまったく足りなかった。
- Starlink Directの仕様は2026年5月時点のものであり、今後変更される可能性があります。
スターリンクアンテナを設置した様子
Starlink Business+ゼンゲンバLANで、現場をWi-Fiエリアに
そこで選んだのが、フルノの「ゼンゲンバLANシリーズ」とStarlink Business(スターリンク)の組み合わせだ。スターリンクのアンテナを現場に設置し、そこからゼンゲンバLANの無線メッシュアクセスポイントで電波を広げる構成である。道路沿いに親機を置き、150m離れた斜面上に子機を展開した。子機はソーラーパネルとバッテリーで動作するため、電源工事も不要だ。
導入後に同じ地点で通信速度を測ると、実用レベルをはるかに超える速度へと一変した。「数字を見た時は、スタッフ全員で驚きました」と森室長は振り返る。
ソーラーパネルを用いてアクセスポイントに給電している状況
050番号のIP電話アプリで、外線もつながる
通信環境が整ったことで、次のステップが見えてきた。Wi-Fi上で使えるIP電話アプリの活用だ。
IP電話アプリとは、インターネット回線を使って音声通話ができるスマートフォン向けアプリの総称だ。050から始まる電話番号を取得でき、携帯キャリアの回線契約がなくてもWi-Fi環境があれば固定電話や携帯電話への発着信が可能になる。月額基本料が安く、通話料も一般的な携帯電話より抑えられるケースが多い。
「これで発注者からの電話が、現場にいる担当者のスマートフォンに直接かかるようになりました」。外線も受けられるようになったことで、連絡の取りこぼしが劇的に減った。IP電話アプリはインターネット網を使うため複数のキャリアを経由せず、通話品質も安定している。
発注者からの評判も上々だ。「担当者につながらない、折り返しがない、という不満がなくなったと言っていただけました」と森室長は語る。現場と外部のコミュニケーションが円滑になったことで、指示伝達の遅れや確認待ちによる手待ち時間も減り、業務効率化につながった。
スターリンクダイレクトとIP電話アプリの構成比較図
「電話が通じた」という喜びが、横展開の原動力に
現場担当職員からの反応も想定以上だった。「とにかく喜ばれました。現場の人間からすると、連絡が取れないストレスは想像以上に大きい。電話が普通につながるようになっただけで、気持ちが違うと言ってもらえた」。
こうした現場の声が、新井組内での横展開を後押ししている。ICT推進室では今後、携帯電波が届きにくい他の復旧現場や山間部の工事にも、同じ構成の展開を進める方針だ。「まずは通信環境を整える。それが現場のDX化の一番の基礎だと、今回あらためて実感しました」と森室長は締めくくった。
圏外の現場に電話が通じた。そのシンプルな変化が、作業員の士気を上げ、発注者との信頼を深め、業務全体の効率を底上げする。能登の山あいで起きたこの小さな革新は、全国の「圏外現場」が抱える課題への、ひとつの回答かもしれない。
編集後記
システム導入の前に、現場の方から確認のお電話をいただきました。しかし、ノイズが激しく、何をおっしゃっているのかがほとんど聞き取れません。それでも必死に言葉を拾いながら、やり取りを続けさせていただきました。
導入完了後、同じ現場から再びお電話をいただきました。驚くほどクリアな声でした。「あ、ちゃんと届いている」そう実感した瞬間、うまく導入できて本当に良かったと思いました。通信速度の数字やデータではなく、クリアな声が、上手くいったことを示してくれていました。
無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進
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