宇宙にも「住み心地」を
~竹中工務店が描く月面居住の未来、SPEXA現地レポート~
2026年07月08日
宇宙ビジネスの展示会で、見慣れた名前を見つけた。竹中工務店だ。2026年5月、東京ビッグサイトで開催された宇宙ビジネス専門展「SPEXA(スペクサ)」。スタートアップから大手宇宙機関まで、宇宙開発に関わる企業・団体が一堂に会するこのイベントに、日本を代表するゼネコンのひとつが初めて参加した。ブースには月面居住の構想模型が並び、壁面にはロードマップや各技術のパネルが展示されていた。月面タワーの縮尺模型を前に担当者の説明を聞いていると、宇宙開発の話がにわかに「現場の話」として迫ってくる。「我々ゼネコンなんで。地球上の街や建物を実際に建てている。宇宙に人が住むとなると、やっぱりゼネコンだよね、という発想から始まりました」竹中工務店でこのプロジェクトを推進する今井菊仁氏(東京本店)は、そう語る。
竹中工務店TSXのブース
宇宙でも「住み心地」は諦めない
竹中工務店の宇宙建築タスクフォース「TSX(Takenaka Space eXploration)」が掲げるテーマは、「宇宙QOL」だ。QOLとはQuality of Life。生活の質を指す言葉で、TSXはこれを宇宙空間に持ち込むことを最大のミッションとしている。
これまでの宇宙開発では、選び抜かれた宇宙飛行士が「我慢を前提」とした機能中心の空間で暮らすのが当然とされてきた。しかし、月に一般の民間スペシャリストが長期滞在する時代が近づくにつれ、その前提は通用しなくなる。快適性、安全性、心身の健康といった、地球上の建築で当たり前に追求してきたものを月面でも実現する。それが竹中工務店の目指す姿だ。
「建物があります。そこに人が住みます。快適性や安全性を含めて提案できる。それってゼネコンの仕事じゃないですか」
宇宙開発を「新規事業への進出」ではなく「本業の延長」として捉えるその言葉には、ゼネコンとしての矜恃がある。
月面インフラの「最初の一手」
宇宙QOLを実現するには、まず生活を支えるインフラが必要だ。月面に人類が定住するために、最初に必要なものは何か。竹中工務店が出した答えは、「エネルギーと通信のインフラ」である。それを体現したのが、「ルナタワー」と名付けられた構造物の構想だ。
ルナタワーのモック
ルナタワーは、リング状のモジュールを積み上げていくタワー型の構造体だ。1基あたりのリングは4m×4m。驚くべきは、150m分の資材を1回のロケット打ち上げで月に輸送できる設計になっている点だ。折りたたんだ状態で打ち上げ、現地で展開・組み立てていく。
「ロケットで持っていくコストは非常に高い。だから、いかに少ない打ち上げ回数でインフラを構築できるかが鍵になります」と今井氏は言う。
タワーの役割は2つある。ひとつは太陽光発電だ。塔身にペロブスカイト太陽電池を搭載し、電力を月面基地に供給する。もうひとつは通信インフラ。電波塔として機能させ、月面全体の通信網を支える柱となる。電力と通信という月面インフラの根幹を、折りたたみ・展開を前提にしたルナタワーという構造で解こうとする発想には、竹中工務店らしい設計技術の強みがにじむ。
無人探査からコミュニティへ、段階的なロードマップ
TSXが目指すのは、2050年代に「地球と同等以上のQOLを月で実現する」こと。そのためのロードマップは5段階で構成されている。
まず無人ロボットによる溶岩洞の内部探査(フェーズ1)を経て、2030年代前半には折りたたみ式の小型基地(2〜4人用)を設置するフェーズ2へ進む。続くフェーズ3では、移動式キャラバン型シェルターで月面各地の探査を支援する。2040年代のフェーズ4では40人以上が暮らすモジュール型居住空間が登場し、カフェテリア、公園、サウナまで備えた本格的なコミュニティが形成される。そして2050年代以降のフェーズ5で、ルナドームが月面社会の象徴として立ち上がる。
フェーズに応じた居住空間
溶岩洞の中に、人が住む
月面には「溶岩洞」と呼ばれる地下空洞が存在することが知られている。かつて溶岩が流れた跡にできた洞窟で、日本の月周回衛星「かぐや」によって縦孔の存在が確認されている。竹中工務店は、ここが人類の月面居住に適していると見ている。
理由は複合的だ。月には大気がなく、宇宙線が直接降り注ぐ。地下空洞を活用すれば、宇宙放射線の被ばく線量は月面より低減できる。新たな遮蔽材を持ち込まなくても、岩盤が自然の盾になるのだ。放射線だけではない。月面は昼夜の温度差が300℃近くに達し、隕石の衝突も絶え間なく続く。地下空洞に入ることで、これらの脅威からも一括して守られる。
「地球上でも、まず安全な場所を確保してから建物を建てる。それは月でも同じです」
安全が確保された地下空間に、外壁はレゴリス(月の表土)を固めたブロックで放射線を追加遮蔽し、個室・食堂・栽培スペースを備えた居住モジュールを設ける。構想図を眺めると、それはもはや「宇宙の現場事務所」ではなく、人が生き生きと暮らすコミュニティの姿だった。
溶岩洞内の居住空間と地上に続くルナタワー
編集後記
建設DXが「現場の効率化」を追い求めてきた延長線上に、いま月面という新たなフロンティアが浮かび上がっている。宇宙でも「住み心地」を諦めないというTSXの挑戦は、地球上の建築で磨いてきたQOLへのこだわりを、そのまま宇宙へ持ち込もうとする試みだ。
SPEXAのブースで模型を眺めながら、私は思った。月面に「暮らし」をつくるのは、やはりゼネコンの仕事なのかもしれない。
無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進
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