がん治療の技術で、月面を守る
~安藤・間「月面放射線シェルター」構想、SPEXA現地レポート~
2026年07月01日
宇宙ビジネスの展示会に、ゼネコンの姿があった。2026年5月、東京ビッグサイトで開催された「SPEXA(スペクサ)」。宇宙開発に関わる企業・団体が一堂に会するこのイベントで、ひときわ目を引いたのが安藤・間のブースだ。同社のSPEXA参加は今回で2回目。前回はコンセプト中心だったが、今回は実物模型を持ち込んだ。コンクリートやスチールではなく、放射線遮蔽材で覆われたコンパクトな構造物は、一見すると病院の特殊設備を思わせる佇まいだ。「そうなんです。出発点は病院なんです」と、技術研究所フロンティア研究部 宇宙技術未来創造室の担当課長、榊原翼氏は語る。
安藤・間が提案する宇宙シェルター
病院で培った放射線遮蔽の知見
安藤・間といえば、土木・建築の大手ゼネコンとして知られる。しかし、同社にはもうひとつの顔がある。がん治療に使われる放射線治療・陽子線治療施設の設計・施工実績だ。放射線を扱う医療施設には、被ばくを防ぐための高度な遮蔽設計が求められる。壁の厚さや素材、構造の組み合わせ、そうした知見を、同社は長年にわたって積み重ねてきた。加えて、原子力関連の専門部署も社内に持ち、技術研究所には放射線設備も備える。「月面の環境を考えたとき、その技術がそのまま活かせると気づいたんです」と榊原氏は言う。
月には大気がない。そのため、太陽や宇宙から降り注ぐ放射線が直接地表に届く。通常時でも人体への影響は無視できず、太陽フレアの規模によっては短時間で致命的な被ばくに至る可能性もある。宇宙飛行士や作業員が月面で長期活動するには、放射線から身を守る「避難場所」が不可欠だ。地球上で放射線遮蔽に取り組んできたゼネコンにとって、それはまったくの未知の課題ではない。
シェルターは「居住場所」ではない
安藤・間の月面シェルターは、月面での「生活空間」を目指すものではない。位置づけは明確に「退避場所・休憩場所」だ。「太陽フレアの強まりを検知したら逃げ込む。日常的な作業や休憩に使う。そういった想定です」と榊原氏は説明する。シェルターの内部には人だけでなく、電子機器も収容することを想定している。宇宙では放射線によって電子機器にエラーが生じることがある。人も機器も同時に守れる空間にすることで、月面作業の安全性と継続性を同時に高める狙いだ。
設計は折りたたみ式。ロケットへの搭載を考えれば、輸送コストを左右する「重さ」と「体積」の制約は最重要課題だ。どう折りたたみ、現地でどう展開するか、その工法の詳細は現在も詰めている最中だという。さらに今後の展開として、モジュール式の採用も視野に入れている。他社の居住モジュールや設備に「被せて」使えるシェルターにすることで、様々なユーザーのプロダクトと組み合わせられる汎用性を持たせたい考えだ。単独製品としてだけでなく、月面インフラのコンポーネントとして機能させるというビジョンだ。
シェルター構想の広がり
90年代から続く、宇宙への眼差し
実は安藤・間の宇宙への取り組みは、突然始まったわけではない。「90年代にも社内に宇宙開発室があったんです。その後一度なくなって、2024年にもう一度」と榊原氏は振り返る。90年代の取り組みは、ロケット打ち上げ基地など地球側の設備に関わるものが中心だった。月面基地の構想も情報収集レベルでは持っていたという。その後、宇宙開発の気運が一時落ち着き、室は閉じられた。
2024年、同室は再び立ち上がった。背景にあるのは、世界的な宇宙開発の再加速だ。民間企業が月面プロジェクトに参入し、JAXAのアルテミス計画参加が現実のものとなる中、「宇宙が本格的に動き始めた」という空気が業界に広がっている。安藤・間はこのタイミングを捉え、「宇宙技術未来創造室」として組織を再び立ち上げた。
2032年の実装を見据えた宇宙構想
2032年、提供開始を目指して
現在のチームは部門横断で構成されている。建築の意匠設計を出発点に、原子力部門、土木・地下技術の専門家、地質系、AIエンジニア、機械系など、多様な専門家が集結している。2032年の提供開始を目標に据え、月面での有人活動が本格化する前に、まずシェルターという「守る技術」を届けたいという考えだ。「人類が長期的に活動できる空間を構築したい。月面、そして宇宙フロンティアを目指します」榊原氏はそう言葉を結んだ。
編集後記
病院の放射線室で培われた技術が、月面へ向かう。地球上での実績が、宇宙でのインフラを支えるという安藤・間のアプローチは、「建設会社が宇宙に挑む」という文脈の中でも、ひときわ説得力のあるアプローチに映る。次世代の月面作業者が、いつかこのシェルターに駆け込む日が来るかもしれない。
無線の技術者として新技術や製品開発に従事、建設DXの社内プロジェクトを推進
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