日本における自動運転の研究開発が、新たなるステージに向かう。
国がオールジャパン体制で、基礎開発から量産化まで一貫して進める「戦略的イノベーション創造プログラム(Strategic Innovation Promotion Program)、略称SIPの自動運転プロジェクト(Innovation of Automated Driving for Universal Services) が2023年4月をもって終了する。
それを受けて、SIP-adus(adus:Automated Driving for Universal Services)の事務局は2022年9月29日から10月1日まで、東京のお台場地区とその周辺の公道を使った、報道陣向けと一般向けの自動運転車および高度運転支援システム(ADAS:Advanced Driver Assistance Systems) に関する試乗会を開催した。
また、SIP-adusのワークショップ(成果報告会)を2022年10月11日と12日に京都の同志社大学で開催した。
筆者もこれら2つのイベントに参加し、自動運転に関する最新情報の収集や各方面の関係者と意見交換をした。
SIP-adus試乗会では、SIP-adusプログラムディレクターの葛巻清吾氏が、SIP-adusにおける9年間の成果と意義を紹介した。
それよると、自動運転のみならずSIP全体として目指すのは、新しい社会像である「Socitey 5.0」であるとした。
Society 5.0は、サイバー空間とフィジカル空間がデータ連携により高度に融合する概念を指す。それによって、日本の経済成長と社会課題の解決を並行して実現するとした。
SIP-adusの推進体制としては、当初は内閣府がプログラム全体の司令塔になっていたが、現在は2021年9月に新設されたデジタル庁と内閣府が連携する形となっている。
関係省庁としては、警察庁、総務省、経済産業省、国土交通省、文部科学省などが総合的に連携する仕組みだ。
SIP-adus推進委員会としては、交通環境情報構築と協調型自動運転通信方式の検討などを行うシステム実用化ワーキンググループ、東京湾臨海実証実験等を担当するサービス実装推進ワーキンググループ、そして国際連携ワーキンググループなどが設置されている。
要するに、国側としてはオールジャパン体制を敷き、ここに民間企業と大学や研究機関が連携するという仕組みである。
では、なぜここまで大規模な体制作りが必要だったのか?
その背景には、2010年代前半時点で海外諸国と比べて「日本だけが(自動運転の分野で)取り残されているのではないか?」という、国と自動車産業界としての危機感があったと、葛巻プログラムディレクターは当時の状況を振り返った。
確かに、2010年代に入ってから欧米では自動運転に関して、国や地域をあげての大規模な実証試験や研究開発が盛んになっていた。
当時、筆者は欧米各地でそうした現場を巡り、関係者と情報交換していた。
例えば、アメリカでは2000年代に国防総省の関連団体が主催する、完全自動運転車による走行コンテスト「DARPA グランドチャレンジ/アーバンチャレンジ」が開催され、その参加者であった画像認識やロボット開発などの研究者が、米ITテック企業や欧米の自動車部品大手に引き抜かれていった。
そうした研究者が仕立てた開発車両として、いわゆる「グーグルカー」などが世に出てきた。
自動運転の基礎技術開発と並行して、連邦政府は自動運転を、アメリカに新たなる人材と技術資産をもたらす経済政策として成長させる決断を下した。当時のオバマ政権では、当初は国防分野として空中、水中、そして陸上での自動運転の実用化を目指していた段階から、一般道路や高速道路での自動運転車両の実用化に向けた政策を切り離し、運輸省や各州の道路交通局が対応するプロジェクトとして自動運転政策を再構築していったのだ。
また、欧州では欧州連合の研究開発プログラム「Horizon 2020」において、自動運転に関する各種プロジェクトを立ち上げた。その中で、フォルクスワーゲンが中心となり、関連メーカーや大学など29団体が参加する「AdaptIVe(アダプティブ)」※大文字小文字の表現はこのまま※などを設立した。
このほか、自動運転を行うために必要な高精度三次元地図を使うデータビジネスついて、一般的にジャーマン3と呼ばれるドイツ大手自動車メーカー3社のダイムラー(メルセデス・ベンツ)、BMW、そしてフォルクスワーゲングループが共同で地図事業会社「here(ヒア)」を買収した。
当時、筆者はドイツ・ベルリン中心部になるhere本社を訪れ、まだ日本では着手できていなかったデジタル関連地図データの研究実態を取材している。
こうした、欧米に対する「出遅れ感」という意識から2014年9月にスタートしたSIP-adusでは、日本として自動運転の社会実装を目指す上での目標を定めてきた。
たとえば交通事故の削減、高齢者等の移動支援や地方の活性化、またトラック・バスのドライバー不足の解消などであり、全体としては「すべての国民が安全・安心に移動できる社会の現実」としている。
主な実績としては、SIP-adus第一期(2014年6月~2019年3月)では高精度三次元地図「ダイナミックマップ」を構築し事業会社として独立させたほか、国連や欧米諸国などと国際連携の協議を本格化させた。
SIP-adus第二期(2018年4月~2023年3月)では、静的な情報基盤であるダイナミックマップに対して、信号機連携や民間プローブ情報収集と活用など、動的な情報を利活用する仕組み構築を進めた。具体的には、リアルワールドの物理特性との一致性が高い仮想空間でのシミュレーションプラットフォーム「DIVP(ドライビング・インテリジェンス・バリデーション・プラットフォーム)」を事業化している。
そして、SIP-adus第一期からの活動の成果として、2020年4月に道路交通法と道路運送車両法が一部改正され、高度な自動運転の社会実装の可能性が一気に広がった。
量産モデルとしては、2021年3月にホンダが世界初の自動運転レベル3機能を搭載した「レジェンド」を発売。また同年4月にはトヨタ「MIRAI」がToyota Teammateとして、またレクサス「LS500h」がLexus Teammateという技術名称で、ダイナミックマップを使った自動運転レベル2を実現している。
SIP-adus試乗会では、トヨタ「MIRAI」Toyota Teammateを筆者として約1年ぶりに運転したが、ハンズオフで可能となる走行条件が、以前に比べて格段に増えた印象だ。首都高速環状線(C1)の大半でハンズフリー走行ができ、途中の渋滞中も完全停止状態から再スタートまでハンズオフ走行を満喫できた。
では、2023年3月をもってSIP-adusが幕を閉じた後、日本の自動運転はどうなっていくのだろうか?
自動運転実証や国際連携など、それぞれの分野でこれまでSIP-adusに参加した関係各省庁や大学、研究機関などが個別に次のステージへと引き上げていく予定だ。
そのうえで、SIP-adusという形はなくとも、産学官連携で自動運転に関する協調領域と競争領域の双方での議論は引き続き行われていくことになるだろう。
また、2023年4月からの次期SIPには、スマートモビリティプラットフォームを議論するプログラムが新たに立ち上がる。
その枠組みの中で、自動運転がどのように扱われるのかは現時点では公表されていない。
いずれにしても、自動車メーカーとしては自動運転レベル2を主体にレベル3の量産化、そして公共交通などサービスカーについてのレベル4、そして物流業界における高速道路でのレベル2~レベル3や専用敷地内での自動配送ロボットの拡充など、地域や活用環境に応じた様々な自動運転モビリティの実用化が始まることを期待したい。
改めてだが、日本における自動運転実用化に向けた道筋において、SIP-adusの存在が極めて大きかったことは確かである。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。