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ITS業界記事 トヨタが目指す、次世代自動車産業とは?
~AreneOSによる「戦略的パートナーシップ」の構築へ~

 トヨタの「経営重点テーマ」

トヨタが「次の10年」を見据えた事業の方向性について、興味深い発表を行った。
それは、「大量生産・大量販売」型ビジネスからの実質的な脱却を示唆するものだった。

この重要な発表があったのは、2024年3月期の決算の場だ。
決算の内容は、営業収益が45兆953億円、また営業利益が5兆3529億円だった。それぞれトヨタ史上で最高益を記録。日本企業として営業利益が5兆円を超えたのは初めてであったことから、今回のトヨタ決算はメディアでも大きく取り上げられた。

好調な決算の背景にあるのは、長引く円安による為替影響だけではない。
トヨタは部品などのサプライチェーンにおける需給バランスを把握するために、デジタルトランスフォーメーション(DX)を拡充するなど、抜本的な方策を打った。コロナ禍や、ロシアのウクライナ侵攻によって部品の製造や物流で大きな影響が及び、工場の稼働停止や新車納期の遅れが生じたことに対して、早急な対策が求められたからだ。

そして注目されたのが、今年4月以降にすでに始まっている期(2025年3月期)における「経営重点テーマ」というプレゼンテーションだ。佐藤社長自らが説明した。
ここではまず、「センチュリー」、「クラウン」「ランドクルーザー250」「レクサスGX」、さらに高級プレジャーボートを含めて、2023年度にグローバルで導入した18のモデルを紹介した。
こうした新型モデルが世界の国や地域のユーザーに親しまれていることを、改めて強調。トヨタとレクサスの既存ユーザー数は約1億人に及んでいるとした。

その上で、これまでトヨタが提唱してきた未来に向けたビジョンを具現化すると説明した。自動車メーカーからモビリティカンパニーへの進化である。その実現に向けて「エネルギーとデータの可動性を高める」と表現した。

 SDVの具現化

ここでいうエネルギーとは、電気や水素だ。これは決して、トヨタがこれまで推奨してきた、マルチパスウェイという考え方を変えたという意味ではない。
ガソリン車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、EV(電気自動車)、燃料電池車、合成燃料、水素燃料車など様々なエネルギーを使い多様なパワートレインを国や地域の社会状況に応じて作り分ける、そして売り分けることはこれからも継続する。

その中で、電動車の比率が上がり、また水素の活用をさらに高めるという解釈だ。
マルチパスウェイを進めながら、社会全体におけるクルマのあり方を再定義するためには、クルマを中核としたデータマネージメントの重要性が高まる。
これを実現するために、ソフトウェア・デファインド・ヴィークル(SDV)という考え方を具現化させていくというのだ。

そもそも、SDVとはなにか?
SDVに明確な定義はない。少し前には、クルマが外部と通信によってつながるコネクテッドという概念が広まったが、そうした技術領域と、社会における様々なサービスがより深く連携するというイメージがSDVだと言えるだろう。

別の見方をすれば、2010年代半ばにドイツのダイムラー(現在のメルセデス・ベンツ)が提唱したマーケティング戦略・CASEが進化したとも言えるだろう。
CASEとは、コネクテッド、自動運転、シェアリングなどの新しいサービス、電動化を指す。2010年代から2020年代前半にかけて、CASEに関する技術は急激に進化し、EVの需要は拡大し、また自動運転の社会実装も進んでいるところだ。
こうしたCASEの事業領域で、データに関するプラットフォームの標準化の議論も進んでいるところだ。

例えば、日本では内閣府が中心となり産学官連携で次世代技術の量産化を目指す国家戦略である「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、モビリティプラットフォームの構築に向けた議論がなされている。
こうした中、トヨタとしては独自の車載OS(オペレーティングシステム)であるArene(アリーン)OSの開発を加速させているところだ。

 戦略的パートナーシップの構築

今回、トヨタの佐藤社長はAreneOSを中核とした「戦略的パートナーシップ」の構築に向けた意欲を示した。
事業イメージとして、エンターテイメントやテクノロジー、充電や水素などのインフラ、そして社会全体における人々の生活分野など、多種多様な分野において企業や団体などとパートナーシップを結んでいくというのだ。

プレゼンテーション後、記者との質疑応答が行われ、その中で筆者は佐藤社長に次のような内容で質問した。
「SDVによる戦略的パートナーシップを進めることは、生産台数に重きを置いている現在の事業構造からの転換が必要になるのではないか?」。
これに対して佐藤社長は「ご指摘の通り、サスティナブルな事業成長を今後も実現するためには、現在の大量生産・大量消費という事業の抜本的な構造改革が必須だ」という考えを示した。

自動車メーカーのトップが公の場で、自動車産業の業務体系についてここまで踏み込んで発言するのは極めて稀だ。
その背景にあるのは、自動車産業界が今、本当に変わらなければならない時期に直面していることを意味するのだと思う。
豊田章男会長は社長時代から常々、「100年に一度の自動車産業の大変革期」という表現を使い、様々な事業にメスを入れて改革を行ってきた。
だが、トヨタのみならず、自動車メーカーの事業体系は、製造と卸売りだ。自動車メーカーから新車を仕入れた販売企業が小売をするという、製造と販売が分離する事業構造にある。
その結果として、大量生産・大量消費が慢性化し、より多く卸売することが自動車メーカーの売上を押し上げてきた。

現在、CASEやSDVという技術領域やサービス領域が拡大する中で、「社会におけるクルマのあり方」や、「クルマの数の最適化」という議論が進んでいる。
トヨタとしては、大量生産・大量消費型での事業体系は「そろそろ限界」という意識が明確にあり、次の10年で事業構造改革を成し遂げる意思を示したと言える。

5月は日本の自動車メーカー各社が決算を発表しているが、長期的な視野に立った事業構造改革を明言したのはトヨタだけ。
日本のみならず、世界で最大の生産・販売を誇るトヨタの次世代戦略が今後、自動車産業界全体にどのような影響を及ぼすのか?
その動向を慎重に見守りたい。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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