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ITS業界記事 MaaSの事業化(マネタイズ)~ITS世界会議シンガポールをレポート~

 MaaS実証実験の実情

ITS世界会議は、ITS(Intelligent Transportation Systems:高度道路交通システム)に関する議論の場として、世界各国のステークホルダーが一同に会する世界会議。今年はシンガポールでの開催となった。
参加登録者数は1万人に達する盛況で、そのうち6500人を海外在住者が占めた。

会議は、300~400人が参加するプラネタリーセッションと呼ばれるスタイルや、100人前後が参加して各部門の技術や法整備等について掘り下げるスタイルなどで構成されている。
セッションでは、通信によるコネクティビティ、自動運転、シェアリングエコノミー、EV(電気自動車)といった、いわゆるCASE(Connectivity、Autonomous、Shared、Electric)に関するアジェンダが多くみられた。
従来のITS世界会議で扱いの多い道路インフラ、都市計画についても議論が深まった印象がある。
筆者は自動運転、MaaS(Mobility as a Service:サービスとしての移動)、そして都市計画に関するセッションを中心に取材したが、MaaS関連のセッションに気になったのが、事業化(マネタイズ)に関する点だ。

MaaSの理論について、現状では明確な定義はない。一般的には、鉄道やバスなどの公共交通とライドシェアリングなどの新しい交通手段を活用して乗り換えの自由度を高めたり、その際に利用者はスマートフォンなどのパーソナルデバイスを使ったり、利用料には「サブスクリプション」と呼ばれる定額性を活用したりするなどが挙げられる。
そんな想定のもと、世界各地では様々なMaaS実証試験が行われている。しかし、事業者がしっかりと儲かるビジネスモデルの実績は乏しい。
そうした状況を打破するために、シンガポールLTA(Land Transport Authority:陸運局)が半日に渡り、特別セッションとしてMaaSグローバルフォーラムを実施した。
ここでの議論では、成功事例として米カリフォルニア州ロサンゼルス市や米ワシントン州の運輸局(DOT)の事例が紹介されたが、これら地域は法人税や個人所得税などの税収が多く、MaaSに対する積極的に投資できる背景がある。しかも、公共事業として介入しているわけで、基本的には利益を追及することが目的ではない。

また、ドイツやフィンランドなどでのMaaS実証試験では、両地域ともに公共交通のステークホルダーが少ないため、MaaS向けのデータプラットフォームを構築しやすい環境にあることを、筆者は再認識した。
結局、MaaSは都市部における交通の効率化による渋滞緩和をもたらし、地域経済の発展を阻害する状況が減るに過ぎない。

一方、人口の少ない地域でのMaaSについても、別セッションの議論に参加した。ここでは都市部以上に安定した収益を上げることが難しく、ほとんどが自治体による公共事業の枠組みを超えることはできていない。または、NPOなどが社会貢献を掲げて行うに止まっている印象が強い。
実際、筆者は人口1万8000人の福井県永平寺町で特命任務となるエボリューション大使として、地方版MaaSの在り方を福井の交通事業者や地域住民の方々と継続的に議論しているが、事業化の難しさを肌身で感じている。

 デファクトスタンダードを目指し、色濃さを増す中国の布陣

別の視点で、今回のITS世界会議を見てみる。
米中貿易摩擦の問題によって今年の自動車販売台数が伸び悩んでいる中国だが、ITSについては国策として中長期的な視野を持って、諸外国の政府機関や企業との連携を深めている。
ITSはITの技術が深く関わるため、中国ITビッグ3と呼ばれるBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)の存在が大きいと、これまでは思われてきた。
だが、今回のITS世界会議を含めて昨年あたりからの中国ITSに関する動きを見ていると、BATではデジタル地図情報の基盤を提供するなど、表舞台ではなくITS事業を下支えする方向にある。
そして、BATに代わってITS世界会議などの表舞台に出てきているのが、スマートフォンを含めた通信インフラ大手のファーウェイと、重工業の大手であるSTエンジニアリングだ。日本でいえば、STエンジニアリングは三菱重工業、日立、東芝、富士通などが融合したような巨大企業で、鉄道、軍需、そして道路インフラに関する事業を手掛けている。STエンジニアリングとファーウェイによる共同セッションに参加したが、2社の連携はかなり強固だと感じた。

彼らがプレゼンのなかで強調したのが、MaaSに関するデータプラットフォームの構築だ。APIを共通化して中国国内の各種事業者と連携し、デファクトスタンダードを目指している。
MaaSを事業化する上で最も重要なことは、データプラットフォームが安定供給されることだ。日本においては2019年度から経済産業省と国土交通省が共同で行っている「スマートモビリティチャレンジ」の実証の中で、永平寺町も参加しながらMaaSデータプラットフォームを議論しているのだが、現状では出口が見いだせていない。
そうした中、政府の指導力が極めて強い中国が、ファーウェイとSTエンジニアリングにタッグを組ませて、そのバックエンドにBATが構えるという強靭な布陣を敷いている現状を見ると、日本の未来に一抹の不安を覚える。
今後もMaaS、そしてITSについては世界各地、日本各地での取材を続けながら、日本の未来の社会の在り方について考察していきたい。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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