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ITS業界記事 自動運転の「理想」と「現実」
~中国から見える、日本にとっての大きな分岐点~

 自動運転ブームはピークアウトしたのか?

「最近、なぜ自動運転が大きな話題にならなくなったのか?」
自動車関連の雑誌やウェブサイトの編集部から、そうした問い合わせが筆者のもとによく来る。
自動運転ブームが終わった理由を解説して欲しいというのだ。

時計の針を少し戻すと、2017年頃には「グーグルカー」の公道実験がテレビニュースなどで話題となった。
2018年になると、テスラの自動運転技術を使った高度運転支援技術(Advanced Driver Assistance System: ADAS)を使用中に、ユーザーが事故死。
同じ年、今度はライドシェアリング大手のウーバーがボルボXC90の自動運転実験車で公道を走行中に、歩行者をはねて死亡させる事故が発生した。

これら事故によって、自動運転の安全性に対する疑問の声が世界各地で高まり、主要国政府は自動運転の本格普及に向けたロードマップを見直す事態に発展した。
一方、日本では近年、警察庁が自動運転の公道実験に関する規制緩和を行ったことで、自動車メーカーや大学など研究機関による自動運転の実証試験が全国各地で行われるようになった。

その主体は、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」である。詳細は本連載で既に紹介しているように、法的事項、自動車技術、通信を活用したインフラ技術、そして社会需要性など多面的なアプローチをオールジャパン体制で行っている。
長年に渡り自動運転を研究する大学関係者は「近年の日本は、世界で最も自動運転の実験がやりやすい環境にある」と言い切る。
筆者自身も、国が進めるラストワンマイル自動運転実証を行う、福井県永平寺町の政策アドバイザーである永平寺町エボリューション大使として、自動運転の実用化に対する様々な課題に取り組んでいる。

こうした中、自動運転は初期の実験ステージがひと段落し、実用化に向けた具体的な協議を行うステージとなったことで、メディアにとってはニュースとして取り上げる機会が減った、と言えるのではないだろうか。
その上で、日本での自動運転は今、将来に向けた分岐点に立っていると思う。
その説明として、日本の課題は、中国での事情を対比させることで浮き彫りになる。

  中国政府の強みを活かした自動運転の構想

中国と日本、それぞれが目指す自動運転の活用方法には大きな違いがある。
IT大手の百度(バイドゥ)の発表内容を見て、改めてそう感じた。

百度は2020年9月15日、年次総会を開催し、自動運転計画「Apollo(アポロ)」の進捗状況について詳しく説明した。
中国第一汽車の自動運転タクシーや、中国各地で実証中の遠隔操縦の模様などを紹介。
技術的な基盤としては、位置情報については高精度三次元地図と中国版グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム(GNSS)である北斗(BeiDou)を活用する。

位置情報の補完については、 5Gとクラウドを活用した路車間通信(V2I)、車車間通信(V2V)、歩車間通信(V2P)を駆使する。車載のセンサーは、レーザーレーダー(ライダー:LiDar)や、画像認識のためカメラを使う。
こうした技術機器の構成だけを見ると、日本の自動車メーカーや大学などが行っている自動運転と大差はないように思える。

日本との違いは、社会における自動運転の果たす役割だ。
百度が目指すのは、中国の主要都市で2025年頃までに、レベル3以上での自動運転の実用化することだ。レベル3以上では、運転の主体が運転者からクルマのシステムに代わる。
レベル3以上の自動運転が実用化されると、交通における移動効率が上がるため、交通渋滞が減るなど経済活動がスムーズになり、安定した経済成長が維持できると考えている。
1企業の事業計画というより、中国政府による総合的な都市計画に思える発表内容である。

百度が示すような、自動運転における移動効率の向上を早期に行うためには、移動する車両同士の速度差を減らし、交通の流れをスムーズにする必要がある。そして、その実現に向けては、交通全体を国がコントロールする必要がある。
具体的には、レベル3以上で走行する乗用車の自動運転専用道を設ける。または、レベル4以上で走行する公共交通機関の自動運転専用道を設ける。
または、一般道路や高速道路でレベル2以下の車両とレベル3以上の車両が混走する場合、レベル2以下の車両に対して法定速度を遵守するためのスピードリミッター装着を義務化するなどだ。

一般論では、中国政府は国民に対して強制力を持つ施策を実行できる。
言い方を変えると、中国は自動運転の実用化に適していると言える。

 日本のジレンマ

一方、日本の場合は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に代表される、オールジャパン体制で自動運転に臨んでいても、民間企業や国民に対して自動運転の使用における社会活動の制限を加えることは難しい。

自動車メーカー各社の自動運転開発者は「レベル3では、法定速度を遵守することが基本」と説明するが、レベル3と混走するレベル2以下の車両に対してスピードリミッターを装着するという議論はほとんど行われていないのが実情だ。
警察庁や国土交通省の関係者にこの点について直接聞いても、国側による強制的な介入を行う考えを示すことはない。

これは、ドイツなど他の主要国でも同じことだ。
ダイムラーは2020年9月、新型Sクラスで、高速道路走行中の60km/h以下でのレベル3自動運転を2021年下期から実施すると発表した。
日本では、レベル2ではあるが、実機を体験すると”ほぼレベル3”のような感覚があるスバル新型「レヴォーグ」搭載の次世代アイサイト/ アイサイトXでは、高速道路で55km/h以下でハンズオフ走行が可能だ。
また、ホンダは2019年夏時点では、2020年秋頃に高速道路でのレベル3実用化を明言していたが、2020年4月時点で「実用化の時期を根本的に見直す」と軌道修正している。

自動運転を実用化する際、最も重要なことは、社会需要性である。
技術が進化しても、国民が「自動運転は日常生活の中で本当に必要」という意識を持たないのであれば、自動運転は無用の長物だ。
社会需要性を議論する上で、国として自動運転の「理想」をどこまで追求するのか?
今後の日本政府の動きを注視していきたい。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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