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ITS業界記事 ESG投資に振り回される、日本自動車メーカーのカーボンニュートラル戦略

 ホンダの実現は2040年

結果的に、日本の自動車メーカーのカーボンニュートラル戦略は海外に比べて後手に回っている。
2021年4月から5月にかけて、日本の自動車メーカー各社の社長会見や決算発表での幹部役員の発言などから、そうした印象を受ける。

時系列で見ると、まずホンダが2021年4月23日、新たに代表取締役社長に就任した三部敏宏氏の社長就任会見の中で「2040年には、グローバルでEV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)の販売比率を100%にする」と将来の事業改革を発表した。
いま(2021年)から9年先の2030年には40%、2035年には80%と、その販売比率を段階的に引き上げていく。

目標の達成年を2040年に設定したことについて、三部社長は「日本政府の施策を含めて、グローバルで多くの国や地域が2050年にカーボンニュートラルの実現を目指している。
新車の買換え需要年数を約10年間と考え、2050年より10年早い2040年とした」と説明した。

 

この発表を受け、現時点(2021年5月)では日系メーカーの中でホンダが最も電動化シフトに積極的な印象を受ける。
だが、少し前を振り返ってみると、ホンダは日本でのハイブリッド車普及には積極的だったものの、EVやFCVへのシフトを強調してきたメーカーではなかった。
例えば2010年代にアメリカで「フィットEV」を発表した際にも、当時の伊東孝紳社長は「あくまでもZEV法ありき」と発言し「規制や補助金頼みでは、EVやFCVの普及は当面難しい」という見解を示していた。ZEV法とは、米カリフォルニア州によるゼロ・エミッション・ヴィークル規制法のことだ。

 

その後、ホンダは中国政府による電動車施策に対しても、ホンダが生産工場を置く広州市などで「フィットEV」の実証試験を行ったが、これについて当時のホンダ幹部は「あくまでも規制ありきで政府との関係を維持するための手段に過ぎない」と位置付けていた。

また、FCVについても日本政府が2015年に「水素社会の元年」と銘打ち、家庭用のエネファーム普及やFCV普及に乗り出した際、トヨタ「MIRAI」に次いで「FCXクラリティ」を量産化した。
だが、2010年代後半には「FCXクラリティ」のリース販売件数は極少であり、ホンダ独自のFCV普及拡大策を打ち出す雰囲気ではなくなっていた。
それが、ホンダは2020年10月に「F1撤退」と「カーボンニュートラルに向けて社内の開発体制を大幅に見直す」と発表し、今回の「2040年までにEV/FCVを100%」という流れを作った。

 日産やトヨタの戦略

次に、日産は2021年5月11日の決算報告で、2021年以降のグローバルでのEVとシリーズハイブリッド車のe-POWER量産化について触れた。
その中で、e-POWERを欧州のCAFE(企業別平均燃費)対応として「エクストレイル」や「キャシュカイ」で投入するとした。

EVについては、中国でのNEV(新エネルギー車)規制への対応で既に多モデル化しているとし、2021年以降では「アリア」を世界戦略EVとして普及促進の強化姿勢を示した。
内田誠CEOは「リーフによる、過去10年以上のEV開発ノウハウを活かす」として日産EV戦略の強さを主張する。
だが、財務体制がいまだに大幅赤字である実情では、ルノー日産三菱アライアンスにおける、日産として事業の「黒字化を最優先とする事業」の最適化を重視するなか、FCVや水素を使ったエンジン開発についての回答は控えた。

そしてトヨタは2021年5月12日に決算報告を行った際、カーボンニュートラルに対するトヨタの考え方を示した。
その中で、2050年カーボンニュートラルを目指して、2030年での電動化販売の見通しについて、グローバルでハイブリッド車など含む電動車800万台のうち、EVとFCVの合計で200万台を目指すとした。
これは、2017年および2019年に修正した電動車普及の将来予想図と比較すると約2倍という高い数字だ。
また、決算会見を前に、水素についてはガソリン車など内燃機関を利用し、水素を使う合成燃料のE-FUELや水素そのものを燃料とする水素エンジンの開発を進めると発表した。

 ESG投資というゲームチェンジャー

こうした各メーカーの電動化シフトに対する積極的な投資や、多様な次世代燃料の開発の強化は、カーボンニュートラルを踏まえた動きであることは確かだ。
だが、筆者が各方面へ取材して感じるのは、各メーカーにとってカーボンニュートラルに関する世の中の急激な変化は想定外であり、各メーカーがこれに必死についていこうとしている印象がある。
つまり、時代変化に対して日本の自動車メーカー各社が後手に回っている印象を、メーカー関係者自らが実感しているのだ。

直接的な原因はやはり、ESG投資の急激な高まりだ。
ESG投資について経済産業省は『従来の財務情報だけではなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資を指す。
特に、企業年金など大きな資産を超長期で運用する機関投資家を中心に、企業経営のサスティナビリティを評価する概念が普及し、気候変動などを念頭に長期的なリスクマネージメントや、企業の新たなる収益創出の機会を評価するベンチマークとして、国連持続可能な開発目標(SDGs)と合わせて注目されている』と説明している。

 

この数年、自動車業界はCASE(ケース:コネクテッド、自動運転、シェアリングなど新サービス、電動化)や、MaaS(マース:モビリティ・アズ・ア・サービス)など、様々な技術革新が同時進行することで『100年に一度の自動車産業革命』に直面しているという認識がある。
その中で、開発者はどうしてもIT絡みのコネクテッドや自動運転への関心が高い傾向が強い。

 

一方で低燃費やCO2削減については、欧州CO2規制、米ZEV法、中国のNEV規制を念頭において、内燃機関の効率化を踏まえて、段階的なパワートレインの電動化のロードマップを描いてきた。
だが、グローバルでESG投資の影響が急激に拡大し、日本政府が2020年12月に策定した「グリーン戦略」は「ESG投資ありき」の政策になっている。
ESG投資という、新たなゲームチェンジャーの出現を受けて、日本の自動車メーカーは時代変化へのさらなる対応が求められている。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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