自動車産業界はどう動くのか?
2023年に関して個人的な予測を立ててみたい。
結論から言えば、「迷いの年」になると思う。
主語は、自動車メーカー、自動車部品メーカー、国、地方自治体、IT産業、ガソリンスタンド事業者など、自動車産業に係る様々な分野で、事業や公共サービスを行う主体を指す。
彼らは、何に対して、なぜ悩むのか?
様々な観点から考えてみたい。
まずは、自動車産業界全体の背景から話を進める。
2022年の半ばから後半の時点で、複数の自動車メーカーの若手社員たちと意見交換していると、よく出てきたのが「CASEやMaaSは時代遅れ」というフレーズだ。
その上で「とにかく社内は、カーボンニュートラルが最優先」とも言う。
確かに、国としてグリーン成長戦略を掲げ、自動車産業のみならず、日本の産業界全体でGX(グリーン・トランスフォーメーション)という言葉が独り歩きし、カーボンニュートラルが一般名詞化している印象がある。
とはいえ、「CASEやMaaSは時代遅れ」といった発言が自動車メーカー社内の一部から出てくることに、筆者はとても驚いている。
改めて、CASEとMaaSについて触れると、その背景にあるのは2010年代半ば過ぎからよく聞かれるようになった「100年に一度の自動車産業大変革」である。
大まかにいえば、自動車産業に対するIT産業の影響力が増すことと、地球環境に対してグローバルで様々な政治的な動きが活発化することを指す。
自動車メーカー各社は、そうした時代変化に対して大規模な組織再編を行ったり、他業種との技術連携や資本提携を加速させたりするようになった。
こうした変化に対して各社は、社内向けまたは社外向けにマーケティング用語などを掲げて、来るべき時代に備えようとしてきた。
代表的な事例が、ドイツのメルセデスベンツのマーケティング用語のCASE(発音はケース)である。通信によるコネクテッド、自動運転、シェアリングなどの新サービス領域、そしてパワートレインの電動化の4つの頭文字をとった造語だ。
メルセデスベンツは長年に渡り、自動車産業の技術革新におけるベンチーマークとして産業全体を牽引してきた。そのため、メルセデスベンツが掲げたCASEがメディアを通じて一般名詞化していったのだ。
また、CASEが主に公共交通機関や街づくりなどで活用される分野については、MaaS(発音はマース:モビリティ・アズ・ア・サービス)がある。北欧のフィンランドが産学官連携で考案した発想がMaaSの起源とされ、2019年頃から日本を含めてMaaSに関する実証試験やベンチャー企業が一気に増えた。
一方で、2010年代後半から、欧州を起点としたESG投資の嵐がグローバルで吹き荒れた。
財務情報だけでなく、環境(エンバイロンメント)、社会性(ソーシャル)、そして企業統治(ガバナンス)を重視した投資のことだ。国連の持続可能な開発目標「SDGs」とも深く関係する。
そうした中で、自動車産業界では欧州メーカーを中心に、2020年代に入ってから一気にEVシフトが進んでいる状況だ。さらに、欧州ではバッテリー製造に関する環境面、また材料採掘から製造に至るまでの人権問題、さらにアメリカではIRA(インフレ抑制法)に関連して北米におけるEVなどの電動車の製造についての課題など、日本の自動車メーカーには迷いや悩みが数多いのが実状だ。
そうした状況で、自動車メーカーはCASEにおける「E(電動化)」への総括的な取組が必須となり、結果的に「C」、「A」、「S」の存在感が薄れていると言えるだろう。
もちろん、「C」、「A」、「S」の技術革新も自動車メーカーにとっては必然なのだが、なにせ「E」の影響力が大き過ぎるため、「CASEが時代遅れ」と思う人が自動車メーカーの中にいるのだろう。
自動車メーカーの実態は、自動車部品メーカーやガソリンスタンドなどのインフラ事業者、そしてレンタカーやカーシェアなどの事業者には、時間差があって伝わる。または、情報がほとんど伝わらないまま、「なんだか最近、世の中の流れが変わったのか?」と、かなり時間が経ってから、メディアでの報道などを通じて各種事業者が知ることもある。
2023年に本格的な国内販売を始める、中国BYDのEV。東京オートサロン2023にて筆者撮影。
2030年に向けて段階的な電動化事業計画を発表したマツダは、モータスポーツを通じたブランド強化も行う。東京オートサロン2023にて筆者撮影。
つまり2023年は、自動車メーカーにとっては、2030年代という近未来に向けた事業計画において、大いに悩み、そして迷う時期であり、また自動車メーカーの周辺産業ではそうした自動車メーカーの悩みの実態を知って自らが悩み、そして迷う時期だと言えるのではないだろうか。
また、国や地方自治体にとっては、EVの需要が徐々に広がる中で、電動化に対しては単なる充電器の増設ではなく、地域におけるエネルギーマネージメント全体を効率的に運用するため、様々な可能性から何をどのようにローカライズするべきかを「迷う年」になるだろう。
そのほか、自動車の税制について、国や地方自治体、さらに自動車メーカーとしても2023年は「迷う年」になりそうだ。
与党である自由民主党と公明党による税制調査会がまとめた、令和5年度税制改正大綱では抜本的な見直しを進めると記載されている。見直しの目途については、2026年4月30日のエコカー減税の期限が到来した時点としており、それまでの3年間で取りまとめるべき事柄を2023年に洗い出し、各方面との議論を本格化させる必要がある。
こうした中、「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」(2023年10月26日~11月5日)が東京ビッグサイトで初開催される。これまでの東京モーターショーを大幅に見直す内容になるというが、自動車産業やその周辺産業にとって「迷い多き年」であろう2023年、自動車メーカー各社は、自動車ユーザーはもとより社会全体に向けてどのような情報発信ができるのか?
以上、自動車メーカーも多くが出展する、東京オートサロン2023(2023年1月13日~15日、於:千葉県幕張メッセ)の会場を巡りながら、2023年の自動車産業界の行方を占ってみた。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。