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ITS業界記事 コネクテッドカーで拡がるサイバーセキュリティの議論と、トヨタ主導の車載向けOS「AGL」動向

 東京で集中した重要カンファレンス

7月中旬、東京で次世代自動車に係るカンファレンスが相次いだ。11日と12日には、英国のカンファレンス企画会社が主催するTU Automotive 「Autonomous Vehicle(自動運転)and ADAS(高度運転支援システム) Japan 2016」が、つづく13日と14日には、オペレーティングソフト(OS)のLinux協会が主催の「Automotive Linux Summit 2016」が開催された。筆者は、両主催者と定常的に情報交換しており、今回も取材者の立場で両カンファレンスを取材した。

取材現場で強く感じたのは、“車載アーキテクチャー”の重要性だ。
クルマは現在、ECU(Electronic control unit:電子制御装置)を100個近く搭載し、それぞれをCAN(Controller Area Network:コントローラー・エリア・ネットワーク)と呼ばれる通信形式でつないでいる。こうしたシステムを広義で、車載アーキテクチャーと呼ぶ。数年前までは、車載アーキテクチャーは、クルマの中での「閉じた世界」として安全で安定した運用が担保されてきた。

しかし、近年はコネクテッドカーと呼ばれるように、クルマが外界とデータ通信を頻繁に行う環境が増え、サーバーセキュリティなど様々なリスクが生じるようになった。今後、クルマはV2I(路車間通信)やV2V(車々間通信)が常識化し、さらに自動運転の性能が飛躍的に向上する可能性が出てきた。
それに合わせて、車載アーキテクチャーも進化していくことは間違いなく、半導体の設計に対する考え方や、システムインテグレーションの方法などにも変化が生じている。

変わりゆく自動車産業の実情を踏まえて、2つのカンファレンスで議論された、新しい車載アーキテクチャーの概要を紹介したい。

 自動運転の事故をきっかけに、サイバーセキュリティの議論へ

「テスラの事故を重く受け止めている」。
TU Automotive 「Autonomous Vehicle (自動運転)&ADAS(高度運転支援システム)」で講演した自動車メーカー、自動車部品メーカー、そして大学の研究者らの多くが、そう言った。

5月に米フロリダ州で、テスラ「モデルS」の所有者が自動運転機能「オートパイロット」を使って走行中、大型トレーラーと激突して死亡した。この事故について、米運輸省・高速道路交通安全局(NHTSA)が詳しい調査に入ったことが6月末に明らかになった。さらに、7月上旬には米ペンシルベニア州でSUVのテスラ「モデルX」でも「オートパイロット」使用中に横転事故が発生した。この「オートパイロット」は、NHTSAが提示している自動運転の指標では「レベル2」に属し、自動で車線変更を行うことができるものだ。

今回のカンファレンスのなかで、テスラが使う「自動運転」という言葉のあり方について、「行き過ぎた商品PRではないのか?」といった厳しい意見もあった。
また、テスラは「オートパイロット」のソフトウエアの書き換えを、クラウドから車載器へ直接行う「オン・ザ・エア(OTA)」を使用しており、サイバーセキュリティに対する安全性についても意見が出た。

こうした議論のなかで、現在のCAN通信に対する脆弱性が指摘された。対処法としては、CAN通信に入る前にデータの有効性を判断するゲートウエイを設けることや、暗号化などが提示された。さらに、CAN通信ではなく、イーサネットなどへの移行を主張する声も聞かれた。だが「コストパフォーマンスと、これまでの技術の蓄積を考慮すると、当面の間はCAN通信を使う」(マツダ)という主張もあった。
一方で、CAN通信の技術を最初に構築したドイツのボッシュは、CAN通信におけるECUの管理方法を段階的に引き上げ、理想的にはVCU(Vehicle Control Unit:ヴィークルコンピュータ)として一元化し、制御機能の多くをクラウドに移管したいと説明した。

 トヨタが主導する新たなる車載向けOS「AGL」

次に紹介するのは、AGL(Automotive Grade Linux:オートモーティブ・グレード・リナックス)だ。

リナックスは、80年代初頭にフィンランドで生まれたOS(オペレーティングシステム)である。そのベースであるリナックス・カーネルは、アップルのiOSや、グーグルが買収したアンドロイドにも大きな影響を与えている。そのアップルやグーグルが車載器とスマートフォンとの連携プラットフォームとしてそれぞれ「CarPlay(カープレイ)」と「Android Auto(アンドロイドオート)」を規定するなか、インフォメーションとエンタテイメントが融合した車載器でのインフォテイメントにおいて近年、自動車メーカーが主導してOSを構築しようとする動きが高まっている。

元々の動きは、BMWが主導してGENIVIという団体を作り、欧米メーカーが参画した。これに対して、トヨタの主導で「具体的なプログラミングのコードを構築」を主題とした取り組みがAGLだ。GENIVIとAGLは近年、話し合いを進めており、車載器への実装が明確であるAGLに賛同する自動車メーカーや半導体メーカーが急速に増えている。

今回の「Automotive Linux Summit 2016」では、実装に向けたUCB 2.0(Unified Code Base:ユニファイド・コード・ベース)が公開され、半導体の各メーカーは、車載器に向けたハードウエアのデモンストレーションを公開した。例えば、車内オーディオの音量がカーナビのガイダンスに合わせて最適化されるソフトウエアや、車内でのBluetooth接続を複数のスマートフォンやタブレットで行うソフトウエアだ。
また、AGLの統括ディレクターはAGLの将来構想として、活動領域をADAS(高度安全支援システム)や自動運転まで広めると明言した。会場内には、トヨタと共にAGLの主力メンバーであるルネサスが、車載コンピューティング・プラットフォームの「R-Car H3」を用いた画像認識ソフトウエアのデモンストレーションを展示しており、将来的にAGLとの本格的な融合を目指す姿勢を示した。

以上のように、各種カンファレンスを取材すると、車載アーキテクチャーを取り巻く競争環境が今後、さらに複雑なることが予想できた。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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