「毎年、仕事はCESから始まる」
電気業界、通信業界、そして最近では自動車産業界に従事する人までもが、そう言うようになった。
CESとは、ITや家電に関する世界最大級の見本市、毎年1月上旬に米ネバダ州ラスベガスで開催されるコンシューマ・エレクトロニクス・ショーを指す。昨年の実績では、4日間の開催期間中に、世界約150カ国から15万人が訪れた。
筆者としても、年明け最初の仕事はCESであり、そのあとにデトロイトでの北米自動車ショーを取材するのが、ここ数年のルーティーンとなっている。
今年の目玉は、なんといってもVR(ヴァーチャル・リアリティ)だ。フェイスブックが出資するロサンゼルス発のベンチャー企業「オキュラス」が、ゴーグル型の量産型モデルを初公開。また、スマートフォンをゴーグル型機器に組み込むタイプでは、韓国のサムスン電子が昨年末からすでに量産化しており、これを応用したソフトウエアを組み込んだ企業各社の出展が目立った。
だが、ドラビングシミュレーターと連動したVRは、筆者が想定していたほど多くなかった。もしかすると、マイクロソフト「Xbox One」対応で、オキュラス製品に対するソフトウエア開発を進めていることが、“何か影響”しているのかもしれない。
アメリカでの普及が急速に進むドローンも、昨年同様に今年も大きな注目を浴びていた。
業界最大手の中国メーカーDJIは、商用向けの大型機種を主流に、一般向けとしても販売好調の「ファントム3」のセールスプロモーションに積極的だった。
このほかでは、フランスのパロット社の飛行デモンストレーションが大人気となった。
これは、昨年後半に発売したBebop2による「飛行劇場」だ。ネットで囲われた空間で、飛行を披露するデモンストレーションは、ドローンにとっては一般的だ。通常は、飛行の安全性を考慮して、ネット内では通常1機、多くても2~3機が同時に飛行するものだ。ところが、今回のパロットの場合、10機以上が同時に飛行し、さらにBGMにあわせてダンスを踊るように相互に連携した動きをしたり、空中で前方に360度回転するアクロバット飛行を10機以上が同時におこなうなど、他社と比べて桁違いに高精度な飛行を披露した。
このBebop Droneには、古野電気がGNSS(グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム)の受信機を提供しているシリーズもある。
また、Bebopシリーズでは最上級のコントローラー装置に対応して、飛行中のドローンから送信される映像を、操縦者がVR対応のゴーグル型機器で確認しながら飛行させることもできる。
フランスの大手自動車部品メーカー、バレオは簡易自動運転の公道デモを実施。
フォードのマーク・フィールズ社長が、モビリティビジネスの重要性を強調。
フォードはアマゾンと連携して、車載器やスマホから音声認識により、家のなかの電気系の制御を可能とした。
トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の会見の模様。人工知能を使った自動運転のデータ解析や、屋内ロボット向けの人工知能などを研究する。
グーグル(現在は持ち株会社のアルファベット)が2013年に、ネバダ州内で自動運転の実証試験を始めてから、CESに出展する自動車メーカーは、自動運転を出展のメインに据えるようになった。昨年の場合、アウディがCES開催にあわせて、米国人ジャーナリストをシリコンバレーからラスベガスまでを自動運転車に操縦させるプロジェクトを実施。また、メルセデスはシリコンバレーの研究拠点で開発した、自動運転のイメージ実験車を公開した。このほか、一昨年には、トヨタが自動運転を含む高度安全運転技術を説明するため、日本で走行しているレクサスを使った実験車両を公開した。
それが今年になって、様相が少し変わった。自動運転に関する展示は、ボッシュ、バレオ、デルファイなどの自動車部品メーカーが主流となり、自動車メーカーでは“別のトレンド”が目立った。それが、“データサービス”のビジネスモデル化だ。
では、“データサービス”とは、いったい何か?
例えば、フォードのプレゼンテーションでは「クルマからモビリティへ」を強調した。
モビリティとは、公共機関を含む“移動手段の全般”を意味する。自動車産業としては、これまでの“売り切り型ビジネス”だけでなく、カーシェアリングの活用や、フリート(商業車)における新たなる移動方法を提案するという。さらに驚いたのは、ドローンを活用した、災害被災地でのデータ管理サービスまでも検討するというのだ。
一方、GMの場合、イスラエルの画像認識開発メーカーのモービルアイと連携して、車載データサービスシステム「オンスター」を使い、「オンスター」搭載車の走行状況や走行履歴を把握するクラウドサービスを始めるという。
こうしたトレンドを先読みするかのように、トヨタは人工知能、ディープラーニング、ビックデータ解析などのデータサービスについて研究する専門組織、TRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)を設立した。概要についての発表を2015年11月に東京でおこなったが、今回のCESではTRIに参画する首脳陣が一堂に介して、メディアの質問に直接答えた。TRIは、西海岸ではカリフォルニア州のスタンフォード大学の近く、東海岸ではマサチューセッツ州のMIT(マサチューセッツ工科大学)の近くで、2カ所の合計200人規模で運営する。それに関わる資金として、トヨタ本社が5年間で総額10億ドル(約1200億円)を投じる。
そもそも、テレビやパソコン、さらに“面白アイディア家電”が出展の主流商品だったCES。それがネット社会の普及によって、IT産業の発展により家電ショーの色合いが薄れ、さらにスマホの登場とクラウドサービスの拡充によって、ショー会場内の風景が一変した。
そして、いまではクルマや家など生活や社会全体を巻き込んだIoT(モノのインターネット化)が主流となった。
こうしてIoTのなかの“ひとつの要素”として組み込まれてしまったクルマは、これから新しいビジネスモデルへと大転換していかなければならない。
そうした“大まかな絵”については、これまでも経済学者やコンサルタント企業が説明してきた。だが、今回のCESでは、クルマのデータビジネス化のデファクトスタンダード競争が本格的に始まっていることを、筆者自身が痛感した。
時代はいま、大きく変わろうとしている。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。