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ITS業界記事 モータースポーツを活用した「カーボンニュートラル」への試み
~水素燃料車、次世代バイオディーゼル燃料車、カーボンニュートラル燃料車~

 スーパー耐久シリーズを取材

三重県の鈴鹿サーキットで2022年11月26日~27日に開催された、スーパー耐久シリーズ最終戦を取材した。
取材の主な目的は、ST-Qクラスに参加する自動車メーカー各社のプロジェクトの進捗把握である。

スーパー耐久シリーズは、量産車をベースとしたレーシングマシンが出場する国内選手権だ。鈴鹿サーキットのほか、静岡県の富士スピードウェイ、宮城県のスポーツランドSUGO、栃木県のモビリティリゾートもてぎ、岡山県の岡山国際サーキット、そして熊本県のオートポリスと全国各地を転戦する。

ただし、出場するドライバーの多くがレースを本業としないアマチュア選手である。チームによっては現役レーサーや現役を引退した往年のプロレーサーが参加する場合もある。
その上で、主催者は「より多くの人に上位入賞のチャンスを与えたい」という運営理念があり、参加クラスを様々なカテゴリーで設定しているのが特徴だ。

その中で、2021年から設定されたのが、ST-Qクラスである。
目的は、将来の量産化を目指して様々な研究や開発を行うこととしており、ここに自動車メーカー各社が参戦している。
具体的には、トヨタは水素燃料を使うエンジンを搭載した「水素カローラ」と、カーボンニュートラル燃料を使う「GR86」。スバルはカーボンニュートラル燃料を使う「BRZ」。日産もカーボンニュートラル燃料を使う「フェアレディZ」。
そして、マツダは次世代バイオディーゼル燃料を使う「マツダ2」と「マツダ3」で参戦した。

 世界中で進むZEV化

自動車メーカー各社が、このような新たなる試みを始めるきっかけとなったのは、グローバルで急速に広がる「2050年のカーボンニュートラル」という地球環境への対応だ。
特に2010年代末頃から、世界の国や地域でカーボンニュートラルに関する施策や規制などが数多く打ち出されるようになった。

背景には、COP(国連気候変動枠組条約・締約国会議)でSDGs(国連の持続可能な開発目標)に関する議論が本格化したことが挙げられる。これに連動して、財務情報だけではなく環境・社会性(ソーシャル)・企業統治(ガバナンス)を重視したESG投資が、グローバルで株式市場や企業経営に大きな影響を及ぼすようになった。
具体的な施策としてグローバルに対する影響力が最も大きいのが、欧州連合(EU)の実務機関である欧州委員会(EC)が推進する「欧州グリーンディール政策」だ。

「2035年に欧州域内で販売する乗用車と小型商用車は事実上、ZEV(ゼロエミッションヴィークル)とする」との方針を打ち出している。
詳しく見ると、CO2削減について2021年比で2030年に55%減、また2035年に100%減としている。
そのため、2035年の目標達成には、ZEVであるEV(電気自動車)またはFCV(燃料電池車)のみが販売対象となり、日本メーカーが得意とする技術領域のハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、またクリーンディーゼル車などは含まれないことになる。
こうした欧州での急速なZEV化の流れによって、欧州メーカー各社はEVモデルの多様化を進めているほか、アメリカや中国でもZEVの販売割合を義務化する施策が打ち出されている。

 カーボンニュートラルへ、日本の成長戦略

一方、日本では、政府が「2050年のカーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を打ち出した。
この中で「2035年に乗用車の新車100%電動化」という達成目標を掲げている。
これに対して、自動車メーカーと二輪車メーカーで構成される業界団体、日本自動車工業会は「カーボンニュートラルに向けた考え方はEVだけではない」と主張し、欧州など海外で進む急速なEVシフトを牽制しているところだ。

その理由は、第一に、日本市場では他の国や地域と比べてハイブリッド車の普及率が高く、実質的な電動化が進んでいること。
第二に、グローバルで見ても、社会の情勢や電力網などのインフラを考慮すると、国や地域によって今後の電動化推進のスピードや方法にはかなり大きな違いが生じる可能性が高いこと等を挙げている。
その上で、カーボンニュートラルに向けた様々な可能性について、日本の自動車産業界が一丸となって本気で取り組むことが先決だという見解を示している。
こうした取組のひとつが、スーパー耐久シリーズ・ST-Qクラスへの参戦なのだ。

その幕開けとなったのが、2021年のスーパー耐久最終戦、トヨタの豊田章男社長、マツダの丸本明社長、スバルの中村知美社長、川崎重工業の橋本康彦社長、そしてヤマハ発動機の日高祥博社長が出席した、2022年シーズンからのフル参戦や次世代技術開発に関する共同記者会見であった。
トヨタはすでに水素カローラで2021年シーズンに参戦していたが、豊田章男氏が日本自動車工業会・会長の立場として音頭をとって各メーカーの参戦を促したのだ。

 机上論で終わらせない、ST-Qクラス挑戦への意義

正直なところ、この時点では、筆者を含めた報道関係者はもとより、自動車業界関係者の多くが、自動車メーカー各社がST-Qクラスに挑戦することに対して、違和感があったと思う。
違和感の中心にあったのは「こんなことをして、本当に自動車産業の未来が見えてくるのか?」という、疑問である。
そうした疑問について、筆者自身が真正面から考えようと思い、スーパー耐久2022シーズンでは今回の最終戦を含めて、各地での現地取材を進めてきた。

そして、2022シーズン最終戦が終わった今、「自動車産業に関わる多くの人たちが共に歩み続けることでしか未来は見えてこない」という実感を、筆者自身が抱いている。
とかくカーボンニュートラルの議論は机上論になりがちだ。それを、短い納期で結果を出さなければならない、いわゆるアジャイル開発の視点で、自動車メーカーによるスーパー耐久シリーズST-Qクラス参戦は日本の自動車産業界にとって大きな役割を果たしていると思う。
2023年以降も、スーパー耐久シリーズを活用した自動車メーカー各社による様々な研究開発が進むことを大いに期待したい。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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