東南アジアのタイで今、自動車の電動化の波が押し寄せている。
タイの自動車市場といえばこれまで、1トン積みピックアップトラックが市場の半分程度を占めることが特徴だった。
そうした状況に大きな変化が生まれているのだ。
最も大きな要因は、中国ブランドのEVのタイ市場への進出だ。
3月末から4月上旬に開催されたバンコクインターナショナルモーターショーには、BYD、広州汽車、長城汽車など中国メーカーが様々なEVブランドで出展した。
実際にバンコクで取材したが、ショー全体の雰囲気がまるで中国国内ショーのような雰囲気があるほど、中国EVブランドの存在感が大きい。
タイの自動車業界関係者によれば、こうした中国EVの台頭は2023年に入ってから急速に高まったという。
バンコク市内を見ても、中国EVブランドの目新しいショールームが目立つ。
タイ国内シェアを確認しても、2022年から2023年にかけてEVは10倍程度まで急伸している。また、単月で見ると2023年末には20倍近いシェア、20%を記録。その後、2024年にはEVシェアが下降している状況だ。
こうした新規EVのほとんどが中国ブランドであり、日系メーカーや欧州メーカーではまだEVモデルをほとんど導入していない。
今回のショーでは、トヨタといすゞがピックアップトラックのEV、スズキが日本の軽自動車サイズに近いEV、そしてホンダが乗用EVと交換式電池(モバイル・パワー・パック)を出展したが、現時点では実証試験向けやコンセプトモデルというポジションにある。
日系自動車メーカー各社関係者は「社会インフラが未整備であったり、EVに対する販売店でのサービスが整っていなかったりなど課題が多い」と指摘する。
それでも中国メーカーがタイ市場でEVを積極的に導入しているのには、大きく3つの理由がある。
まずは、タイ政府が掲げる「30・30」政策だ。これは2030年までに、市場の30%をEVもしくはそれ相当の電動車に置き換えることを意味する。
タイでは2000年代〜2010年代にも、環境対応の次世代車の普及を進める施策があったが、ハイブリッド車を含めた電動化は進まなかった。それが2010年代後半になり、欧州、中国、そしてアメリカで、EVを筆頭とする電動車事業への投資が高まったことを受け、タイでもEVを中核とする電動化施策を講じたというわけだ。
2つ目の理由は、中国政府がタイをEVの輸出先、そしてグローバルに向けたEVの製造拠点と位置付けていること。現在、BYDなど複数の中国メーカーがタイ国内で製造拠点を建設中だ。
3つ目の理由は、新車購入時にユーザーが負担する物品税率の優遇措置。
タイ政府の「30・30」政策の効果を上げるため、EVについては現行の税率2%を2030年時点でも維持する。一方、ガソリン車やハイブリッド車は段階的に引き上げて、2030年にはそれぞれ29%と10%となる見込みだ。
こうした理由から、タイにおけるEVシフトが強まっているのだが、それでも日系メーカー各社は「EV需要の先読みが難しい」と慎重な構えを崩さない。
今回のタイ取材では、モーターショーに加えて、三菱自動車タイ法人(MMTh)の製造拠点を訪問した。
筆者はこれまで数度、MMThを取材しているが、工場内の部品供給体制の見直しや施設全体でのCO2削減など様々な新しい取り組みを確認することができた。
さらに、2月からタイ国内で発売され、モーターショーでも出展された新型「エクスパンダーHEV」をMMThのテストコースで走行する機会を得た。
日本では馴染のないエクスパンダーは、インドネシア市場で主流の3列MPV(マルチ・パーパス・ヴィークル)。ハイブリッド化に伴い、日本では先代にあたる「アウトランダーPHEV」のフロントモーター、インバーター、ジェネレーターを流用してコストを削減した。リチウムイオン電池もハイブリッド車仕様としており、電気容量1.1kWhの電池パックを前席下に配置している。
排気量1.6Lガソリンエンジン(70kW/134Nm)にモーター(85kW/255Nm)の、フロント駆動車である。
テストコースでは、エクスパンダーHEVの特徴である様々な走行モードを切り替えて、それぞれの特徴を感じてみた。
走行モードは7つあり、そのうちの2つはEVモードと、エンジンをかけて充電するチャージモード。残り5つは、ノーマルモード、ターマックモード、ウェットモード、マッドモード、そしてグラベルモード。走行状況によって、アクセル、ブレーキ、ステアリング、シフトポジションなどを制御する仕組みだ。
こうした用語は、三菱の真骨頂である四輪駆動車の「パジェロ」や、最新ピックアップトラック「トライトン」などでも使われている。エクスパンダーHEVは前輪駆動車なのだが、ここに三菱が四輪駆動で培った知見が存分に盛り込まれている。
なかでも、日常的な走行で効果を発揮するのがウェットモードだ。タイのような高温多湿で雨季がある気象環境では、ファミリーカーであるエクスパンダーHEVに対するドライバーの安心感が高まる装備である。
テストコースでは散水車を使ってウェット路面を再現し、そこを時速50~60kmで旋回しながらクルマの操縦安定性を確認した。実感としては、システムが過度に介入して運転を妨げるようなことは一度もなく、誰もが「運転が上手くなったような感覚」を自然に抱くことができる絶妙な制御セッティングに感じた。
また、合計12種類の様々な路面を再現したコースを走行すると、外部からの音、クルマ全体の振動、そして路面から突き上げなど、全てにおいて上級車に相当する高いレベルで対応していることを実感した。
残念ながら、日本でこのサイズ車ではスライドドアが主流であるなど、タイとは市場性が違うため、現時点でエクスパンダーHEVの日本発売の予定はない。
とはいえ、今後日本で発売される三菱の前輪駆動車に、多様なドライブモードが採用される可能性は十分にあるのではないだろうか。
以上のように、コロナ禍を経て久しぶりに訪れたタイで、日本とは違う市場の動きを確認することができた。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。