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ITS業界記事 インフォテイメントからITSまで。競争領域が広がる車載ビッグデータの世界

 自動車産業界で重要なAGL(Automotive Grade Linux)とは?

「さあ皆さん。きょうは大きな発表があります!」。
AGLの担当ディレクター、ダン・カーティ氏が壇上で満面の笑みを浮かべた。
その発表とは、AGLを採用したソフトウエアの初量産化を、トヨタが世界戦略車のカムリで行うとの発表だった。

AGLとは、Automotive Grade Linuxの略称で、オープンソースで車載ソフトウエアの標準化を目指すLinux Foundationのプロジェクト活動だ。
AGLはトヨタが音頭を取って始まったという経緯があるため、年次の開発者会議は日本で行われており、今年は5月31日から6月2日にかけて、東京・有明の会議施設で開催された。筆者は同開発者会議を含めて、アメリカでもAGLについて定常的に取材を続けている。なぜならば、AGLは自動車のビッグデータビジネスにおいて、重要なポジションにいると考えているからだ。

AGL構想が立ち上がったのは2010年代に入ってからで、具体的な議論は2013年以降とまだ歴史が浅い。そもそも、AGLのような考え方を最初に提案したのは、ドイツとアメリカの自動車メーカーだった。それが、GENVIV(ジェニヴィ)だ。だが、GENIVIではビッグデータに対する概念を議論することが多く、実際に車内機器にソフトウエアを組み込むステージに達しておらず、事実上の活動が休止していると言ってよい状況だ。
こうしたAGLにしても、GENIVIにしても、当初の目的はインフォテイメントにおけるソフトウエアのプログラミングをオープンソースという形で、無償で標準化することだ。これは明らかに、グーグル (現在はアルファベットが持ち株会社)のビジネス戦略への対抗策である。

 AGL、世界初の量産車採用はトヨタのカムリ

周知の通り、グーグルはOS(Operating System)のアンドロイドを携帯端末に組み込み、現在のスマートフォン市場のOSでは、Appleとツートップ体制を維持している。そのアンドロイド端末と車載器の連携方式が、Android Auto (アンドロイドオート)だ。これを踏み台として、グーグルはアンドロイドの車載OSとしてのデファクトスタンダードを狙っている。直近ではVWグループなどがアンドロイド車載OSの利用拡大を発表している。

AGLとしては、車載OSの今後の在り方については、実際にソフトウエアやハードウエアを商品化する自動車メーカー、自動車部品メーカー、そして半導体など演算装置メーカーなどが主体となるべきだと主張しており、グーグルによる市場独占化の動きをけん制してきた。
そして今回、AGLに参画する企業の協議に基づき作成されたプラットフォームについて、世界初の量産車としてカムリが決まったのだ。

 AGLのADAS拡張への主張と、現状とのギャップ

同発表の後、AGLは報道陣の取材に応じた。その中で、筆者を含めて質問が出たのは、AGLの今後についてだ。AGLは実動開始から3年程度で量産化まで漕ぎつけたが、昨年から主張し始めているのが、ADAS(Advanced Drive Assistance System:高度運転支援装置)や自動運転など、クルマの運動性能にまつわるカーセントリックの領域へのAGLの拡張だ。

これについて、AGL側の回答は「現在の考え方は、インフォテイメントに集約し、自動運転などカーセントリックについては再考する必要を感じています」と、以前よりもトーンダウンした印象があった。
この原因は、自動運転の実用化に向けた動きが世界各国で加速する中、ITS(Intelligent Transport Systems: 高度交通システム)におけるビッグデータ領域での競争環境が急激に変化していることだ。

  ITSにおけるビッグデータの集約はどうなる?

ひと昔前ならば、ITSにおけるビッグデータの解析は、日本では交通情報システムのVICSや、GPSにおける位置情報、クルマの走行状況を、車載CPUに繋がれたCAN(コントローラー・エリア・ネットワーク)でデータを融合させる考え方が主流だった。車車間通信(V2V)、路車間通信(V2I)、歩車間通信(P2V)などの通信環境を整備することで、ITSにおけるビッグデータ解析の精度を上げようとしてきた。

ところが、人工知能(AI)やディープラーニングによる画像認識技術の登場で、ITSとビッグデータとの関係の中で様々なステークホルダーが出現してきた。ここ1~2年では、米大手の半導体メーカーらが同技術に巨額の研究開発費用を投じて、ハードウエアとソフトウエアにおけるデファクトスタンダード争いが激化している。高精度三次元地図においても、ドイツ、アメリカ、そして日本との間で、政府が主導する”水面下での綱引き”が活発化している。

自動車産業において、次世代技術のカギを握るのはビッグデータだと言わることが多い。
このビッグデータという言葉には定義はなく、それぞれの産業界においての解釈が多少違う。だが、産業界を横断する概念であるIoT(モノのインターネット化)では、次世代のビジネス戦略として本格的に活用するべき時期であることは間違いない。
激動期を迎えている自動車産業界において、自動車産業界の従事者はいま一度、「クルマにおけるビッグデータとは何か?」を自問自答するべきだと思う。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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