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ITS業界記事 自動車流通革命とDCM(データ・コミュニケーション・モジュール)

 トヨタ、全車種全店舗併売を5年前倒し

今年6月、日本の自動車産業界に衝撃が走った。トヨタは全国トヨタディーラーにおける全車種全店舗併売について、当初の計画より5年前倒して行うと発表したのだ。
全車種全店舗併売とは、現在4系統あるトヨタディーラー網のトヨタ店、トヨペット店、カローラ店、ネッツ店で一律同じモデルを販売することだ。当初の計画とは、2018年10月に開催した、全国のトヨタディーラー経営者会議で発表されたもの。東京地域では2019年3月31日に4系統ディーラーを廃止し、4月1日からトヨタモビリティ東京として事業を統合した。

東京地域のディーラーはトヨタ本社が資本参加しているため、全国でもいち早く新しい営業体制に移行することができた。問題は、東京地区以外での事業の再編だ。そのほとんどがトヨタ本社からのフランチャイズ契約をしている各地域の有力企業だ。
こうした企業に対しては、2022年~2025年までに全店舗全車種併売を完了して欲しいと、トヨタは伝えた。それが、2018年の10月の発表内容だ。それからわずか8ケ月後の2019年6月後半、トヨタは全国トヨタディーラーに対して「2020年5月までに完了させる」と通告したのだ。ざっと、5年前倒しということになる。あまりにも大胆な決定にトヨタ関係者はもとより、日系自動車メーカー各社は驚きを隠せない。

 5年前倒しの理由とは

では、どうして5年前倒しになったのか。詳細についてトヨタは明らかにしていないが、トヨタ関係者から話を聞くと「ディーラー自身が将来の事業に対する危機感を持っており、新しい販売体制にできるだけ早く変えていきたい」という声が多い。
国内販売は市場全体として頭打ちのなか、市場構成としては軽自動車が市場の4割以上を占めている。販売実績でも、販売数ランキングの上位を軽自動車が独占し、一時はトヨタの販売の要だったプリウスやアクアが伸び悩むなどの状況だ。
一方、製造面でみると、いわゆる自動ブレーキと呼ばれる衝撃被害軽減ブレーキや、アクセルとブレーキの踏み間違い防止装置など、高精度で高価格な電子関連部品の標準装備化が進んでいる。また、衝突安全についても歩行者保護のための車体の設計や衝突時に車外で膨らむエアバックなどの普及が進む。こうした各種の新機能により、自動車メーカーにとっては製造コスト上昇への対応が大きな課題となっている。
対応策としては、車体やエンジンの共通化を進めて設計要件を限定し、製造工程の簡素化が挙げられる。さらに、販売体制についても大規模な販売体制の再編の動きが加速しそうだ。トヨタはその先駆けとなった。

 ディーラー再編の技術的な背景に「DCM(データ・コミュニケーション・モジュール)」

トヨタが他社よりも一歩早く、ディーラー再編に動くことができた理由として、DCMの存在が大きい。
豊田章男社長は2018年8月、都内にあるトヨタ直営の商業施設メガウェブで開催した「コネクテッドデー」にて、DCMの必要性を説明した。DCMは車載の通信機器で、車載の各種ECU(制御コンピュータ)とつなぐCAN(コントローラー・エリア・ネットワーク)の情報を1分に1回の割合でトヨタ専用のクラウドサービスに送信する。
2018年に発売した新型クラウンと新型カローラスポーツを皮切りに、全トヨタ車に随時搭載していく。

では、具体的にDCMがディーラー再編とどのように結びつくのか?
キーワードは「製販分離の解消」だ。そもそも自動車産業は、自動車メーカーは車両を企画、開発、そして製造することに注力し、その後の販売については自動車メーカーが直接的な関係を持たないという仕組みだ。アメリカのテスラなど一部のメーカーを除いて、世界市場では自動車メーカーが直営ディーラーを持つ事例はない。つまり、フランチャイズ方式での販売である。
日本の場合、トヨタではディーラーの直営率が約1割、スバルやマツダでは直営率が5割を超えるという、世界では他に類のない産業構造となっている。
ただし、こうしたディーラーの直営、またはフランチャイズ方式のどちらの場合でも、自動車メーカーは販売後の車両のデータに直接触れることは少ない。直営ディーラーならば顧客の車両データに触れることが多いと思われるかもしれないが、実際には修理の際に必要最低限度の車両情報に対してディーラーが関わるだけだ。そこで得られたデータの所有権はディーラーに帰属し、リコールなどを除いて自動車メーカーと共有されない場合が多い。

このように、自動車メーカーはディーラーに対する卸売業という立場であり、顧客の車両情報を自動車メーカーが直接吸い上げることを行ってこなかった。その理由は、通信機器の性能や通信インフラとの関係の他、自動車メーカーとディーラーとの顧客データに関する契約条項が影響してきた。
この契約条項について、トヨタはDCM実用化のタイミングで見直したのだ。その結果、ディーラー4系統の再編が実現したといえる。

トヨタディーラーとしては今後、トヨタ本社との関係が大きく変化する中、既存ビジネスである新車販売、中古車販売、車両の修理の他に、トヨタ本社と協議しながらDCMを活用した新たなるビジネス領域へ踏み込む必要がある。
世界に先駆けて日本で本格化する、自動車流通革命。自動車ディーラーはいま、生き残りをかけた戦国時代に突入した。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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