ホンダが実証実験に向けて準備をしている、CIマイクロモビリティに世界の注目が集まっている。CIとは、Cooperative Intelligence(協調人工知能)を指す。
コア技術は、地図レス協調運転技術と、意図理解・コミュニケーション技術である。
地図レス協調運転技術から話を進めるが、その前に自動車で使う地図の技術について振り返ってみたい。一般的に、自動運転は自車の周辺情報をカメラ、ミリ波レーダー、ライダーなどのセンサーで検出し、そこで得たデータを事前に取得している地図データと照らし合わせて走行ルートを描く手法が取られている。
近年では、産学官連携の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP-adus)が、三次元高精度地図「ダイナミックマップ」を事業化して、トヨタなどが搭載し量産している。
また、高度運転支援システム「アイサイト」を有するスバルでは、最新型の次世代アイサイトで日系地図メーカーと協業して高度な三次元地図を独自開発した。
三次元地図が登場する前は、自動車で使う地図データはカーナビゲーションによる二次元データが基本であり、いまでも多くの量産車が二次元地図データを使っている。
日本では国土地理院が提供する二次元地図に対して、ゼンリンなどの地図作りを専業とする事業者が独自に集めた情報を盛り込む形が主流で、二次元地図に含まれるデータを増やすというアナログな手法が取られてきた。
具体的には、道路の幅が広がったり、川に橋が架かっていたり、高速道路が建設されるといった道路の基本構造の変化に関するデータについては、国土交通省、地方自治体、または道路事業者などからデータを得ることができる。
さらに、建物が取り壊されたり、または新築されるなど、町の風景が変わる点については、調査員が実際に各地を歩いたり、自動車で走ってデータを収集したりという人海戦術を用いている。
また、利用者が直感的に構造物の配置を理解できるように、収集された様々なデータをカーナビゲーションシステムに盛り込み、UI(ユーザーインターフェース)として、三次元に見えるようなコンピュータグラフィックスを施すことも多い。
話をホンダのCIマイクロモビリティに戻す。
地図レス協調運転技術では、その名の通り、二次元地図も高精度三次元地図も使わない。自車のセンサーが読み取ったデータから道路の構造や、他のクルマや人を認識して自動運転を行うことができる画期的なシステムだ。
実際に実験車両に乗車して、その動きを体感してみた。
実験車両はホンダが事業化の目途が立たず量産化を断念した、超小型モビリティ「MC-β」をベースに仕立てた。センサーはカメラのみだ。
前後二人乗りのため、後席に本田技術研究所のエンジニアが乗り、筆者は運転席に座った。
筆者が車載タッチパネル上のスタートボタンを押すと、仮設の平坦なコースを推定時速20~30kmで走行した。
興味深いのは、走行中にドライバーの指示によって自動運転の走行ルートを変更することが出来る点である。運転席の右側に、まるでトランスミッションのチェンジレバーのような小さなレバーがあり、これを左右に倒してクルマのシステムに対してこちらの意思を伝える。レバーは倒した状態で保持する必要はなく、ON/OFFスイッチのように一度倒しただけで指示が伝わる仕組みだ。
走行後、SIP-adusのサブPD(プログラムダイレクター)を務め、本田技術研究所の自動運転分野を統括する幹部エンジニアに対して筆者から「これは、自動運転レベルの概念を根本的に変える驚きの技術だ」と感想を述べると、彼も筆者の意見に同意した。
自動運転レベルについては、レベル1~2では運転の主体が運転者であり、レベル3~5では運転の主体がクルマのシステムに移る、という考え方をグローバルでの共通認識として使っている。その中で、レベル3は、クルマのシステムが運転続行できないと判断すると運転者に運転を要求してくる、という考え方で量産化を進めているところだ。
だが、今回体験した地図レス協調運転技術を用いた実験車両では、レベル4相当の走行状態で、乗車する人の意思をクルマのシステムが尊重しているのだ。
しかも、乗車する人の指示が、その時点での交通状況に対してリスクがあると判断すれば、乗車する人の指示を断ることもある。
つまり、これまでの自動運転レベルの概念が通用しない、と言えるのではないだろうか。
こうした人とモビリティとのコミュニケーションについて、言語を使ったプレゼンテーションも行われた。
設定した環境は、車道ではない屋外スペースに仮設の飲食店舗、コーヒーを飲むテーブルや椅子などがある街中を再現したもの。
そこに、ユーザーがスマートフォンでの会話を通じて、一人乗りのマイクロモビリティ「CiKoMa(サイコマ)」を呼び出すというシナリオだ。
「サイコマ」はユーザーとは初対面なので、まずは「サイコマ」が複数人の中からユーザーを認識する場面からスタートする。次に、ユーザーが「サイコマ」との待ち合わせ場所を「あっち」と指さすと、「サイコマ」は「あっち」という曖昧な表現から場所を推定して進む。
さらに、その周辺にはクルマが駐車してあり、その前にはカラーコーンがあるため、今度は「サイコマ」からユーザーに対して、待ち合わせ場所を少し修正することを提案する。
こうした一連の意図理解(コミュニケーション)によって、まるで人と人が話しているような雰囲気で、人がCIマイクロモビリティと共存できる世界を、ホンダは想定しているのだ。
一人乗り「サイコマ」の場合、センターラインや縁石のある車道ではなくオープンスペースを自動走行するため、カメラで障害物との距離や物体構造を瞬時に立体化して、走行可能なスペースを認識した上で地図を生成しながら進む。
また、ゴルフカートをベースとした「サイコマ」では、「MC-β」ベースの実験車両と一人乗り「サイコマ」の技術を融合しているとの説明だったが、今回は走行しなかった。
そのほか、室内でのデモンストレーションでは、静脈認証でユーザーを認識し、徒歩で移動するユーザーを一定の距離で追走するロボット「WaPOCHI(ワポチ)」も披露された。
前方にステレオカメラ、また側方と後方に単眼カメラがあり、自車の周囲ほぼ360度をセンシングしながら、最高時速6kmで進む。これは高齢者の買い物支援を想定したもので、周辺に人が増えてもユーザーの背格好や髪の色などを認識して、安定した追走を続けることができる。
こうした様々なCIマイクロモビリティが、実際の社会でどうマッチしていくのか?
2022年11月から、4人乗り「サイコマ」を常総市内の「水海道あすなろの里」で、また2023年春から常総市が農業・産業・観光の拠点として新設の「アグリサイエンスバレー」で4人乗り「サイコマ」と「ワポチ」を活用した実証実験を始める。
記者会見で、本田技術研究所の大津啓司社長と、常総市の神達岳志市長は共に、高齢化や産業の後継者不足など日本の地方部が直面している社会課題の解決に向けて、社会実装を見据えて実証実験を進めていることを強調した。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。