移動に関するデータの活用は、まだ道半ば。直近の各方面への取材や意見交換をして、そう感じる。その中から今回、2つの事案を紹介したい。
1つ目は、日本道路交通情報センター(JARTIC)に関してだ。
テレビやラジオの交通情報の終わり、「日本道路交通情報センターの、XX(人名)でした」というフレーズに馴染がある人も少なくないだろう。また、車載カーナビゲーションでの道路交通情報として、VICS(ヴィークル・インフォメーション アンド コミュニケーション・システム)を構築することも、JARTIC業務の一環だ。
まさにJARTICは、全国の広域における公的な道路交通情報データの発信者なのだ。
ところが、JARTICには一般道路(市町村道)に関する交通データはほとんど入ってこない。VICSに関するデータは、都道府県や道路管理者などから収集する国道と高速道路のみなのが実情だ。
一方、iPhoneやアンドロイドフォンなどのスマートフォンの場合、アップルやグーグル(親会社はアルファベット)が提供する地図情報の中で、移動する区間を設定すると市町村道を含めた渋滞の状況が色分けされるなどして表示される。
これは、アップルやグーグルが市中に出回っている自社機器から収集した、衛星測位システム(GNSS:グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム)のデータを基に生成しているものだ。
自社機器の移動の方向と速度・加速度と、周辺の道路情報を融合(いわゆるマップマッチング)させている。そうしたデータの収集、分析、そしてデータを用いた事業展開について、iPhoneの地図関連データ事業の基盤を構築しているオランダのTomTom(トムトム)が、都内で開催したジャパンテクノロジーブリーフィングの中で詳しく説明した。
なお、同社は公にはアップルとの事業関係についてその事実を明らかにしていないが、両社が地図事業で連携していることは「周知の事実」という見方が一般的だ。
トムトムによれば、同社は「リアルタイム交通情報サービスと交通分析」の精度向上に対する研究開発を常に進めているという。
例えば、AI(人工知能)のChatGPTを活用して、交差点でのクルマ、自転車、歩行者などの状況を一元管理すること。また、同一車線内での走行車両について、前方に対するハザード警告。そして、自治体や道路事業者などが活用できる交通分析のためのシステムなどがある。
そうした中で、メインのクラウドなどで収集されたデータから、各地の道路での人の行動特性を詳細に解析することも可能になってきているという。
さらに、トムトム、AWS(アマゾンウェブサービス)、マイクロソフト、メタ(旧フェイスブック)は2022年12月、オープンプラットフォーム化した次世代マップに関して「Overture Maps Foundation」を設立。
これにより、今後は交通関連データを組み込んだ社会全体に、包括的に対応可能なデータシステムが具現化されていくことになりそうだ。
そうなると日本では、JARTICが市町村道での移動データを収集できていない、といった個別案件での観点ではなく、移動データシステムのグローバル基準化・標準化の中で、日本の移動データ管理のあり方を議論する必要が出てくる可能性がある。
時代を振り返って見れば1990年代半ば、VICSが実用化された頃、日本はITS(インテリジェント・トランスポート・システム:高度道路交通システム)で世界の先端を誇ると言われていた。
それから約30年が過ぎた今、道路交通データのあり方が大きく変わっていることを、道路交通データに関わる関係者らと意見交換しながら、強く感じた。
2つ目は、四国取材でのことだ。
徳島発のタクシー・ハイヤー関連ベンチャー「電脳交通」、高松市役所、そして愛媛県庁などで、地域公共交通に関する話を聞いた。
その中で気になったのが、地域交通を含めた「まちづくり」を考える上での基礎データの少なさだ。
まちづくりにおけるデータといえば、都道府県や基礎自治体(市区町村)が公開しているオープンデータがある。各地域の人口分布、年齢層分布、また水害、がけ崩れ、液状化などに対するハザードマップが主要なデータとなる。
その上で、交通や移動に関するデータとしては、「パーソントリップ調査」と呼ばれるアンケート調査を行うのが一般的な手法だ。
これは、住民に対して任意で回答を求めるもので、1日の移動や生活行動などについて、はい・いいえ、または複数の選択肢から回答を選ぶかたちだ。
ただし、パーソントリップ調査は数年に一度の割合で行うため、データとして新鮮味が欠ける場合もある。また、あくまでもアンケートであるため、回答にやや曖昧さが残ることもある。例えば、「仮にこの路線でコミュニティバスを新設した場合にあなたは乗車しますか?」という問に対する「はい」の回答数と、実際に運航した際の乗車数が乖離することもある。
こうした状況への解決策としては、例えば前述のようなグローバルスタンダードとしての地図情報プラットフォームの活用や、そうしたシステムを考慮した「まちづくり対応ソフトウェア」を自治体が活用することも考えられるだろう。
ただし、当然ながら個人情報保護や、安全保障などの観点で詳細な移動データの公的な活用には十分な注意が必要だ。
今回の四国取材では、国が推奨する地域公共交通の「リ・デザイン(再構築)」の実態を知ることが大きな目的であったが、交通や移動のデータ活用の難しさを実感することになった。
今後も、交通や移動のデータに対して幅広い観点から現場の声を拾っていきたいと思う。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。