EV(電気自動車)の本格普及期に入ると、クルマの個性がなくなってしまうのではないか?
2万から3万点と言われている構成部品数が一気に減ることで、どのクルマも同じような部品の構成になるからだ。
そんなイメージを持っている人がいるかもしれない。
だが、自動車メーカー各社は「EVになってもクルマの個性は十分残る」と主張してきた。EV、または自動運転になっても、メーカー毎の独自技術による競争が続くとしてきた。
確かに、EVについても、または自動運転についても、「協調領域」と「競争領域」はしっかり区分けできる、という考え方は理解できる。
「協調領域」とは、基幹部品やソフトウェアなどの仕様を自動車産業界、または複数メーカーでつくるアライアンスなどで標準化・基準化することを指す。
ところが最近、自動車メーカー各社が次世代技術開発の進め方を公表する中で、「これで果たして、メーカー毎のクルマの個性は残っていくのだろうか?」という疑問を、筆者は抱くようになった。
直近では、本田技研工業(以下、ホンダ)と日産自動車(以下、日産)が8月1日に開催した共同会見でのこと。
両社のプレゼンテーション、その後の報道陣との質疑応答を終えて、これからのクルマにおける「個性のあり方が明らかに変わっていく」という印象を持った。
本稿では、ホンダと日産の会見を振り返りながら、「クルマの個性」について考察してみたい。
両社は技術連携を検討するために、3月15日に戦略的パートナーシップに関する覚書を交わしており、その後に各領域でワーキンググループを作り協議を進めてきた。
「最初の100日間」で課題の抽出と論点整理を行い、量産の可能性を探った。
そして今回、両社は次世代の量産技術などについて5つの領域を挙げ、量産化に向けた方向性について説明するに至った。
協議中の領域は5つある。
1つ目は、SDV(ソフトウェア・デファインド・ヴィークル)だ。
ここ数年、次世代車開発におけるキーワードとして経済メディアなどでもよく目にするようになったSDV。
クルマの走行性能はもとより、新車販売後にメーカーや販売店がユーザーに対して行う各種サービスまで、ソフトウェアの影響が強まる基本設計を施したクルマの総称である。
SDVに定義はなく、自動車産業界ではIT産業との連携を模索しながら、アライアンス間で標準化・基準化の主導権争いが水面下で繰り広げられている。
そうした中、ホンダと日産は「次世代SDVプラットフォームに関する基礎的要素技術の共同研究契約」を締結した。
1年をめどに基礎研究の段階を終えることを目指し、成果が出ればその後の量産開発の可能性を含めて検討する、とした。
なんだか「まどろっこしい」表現である。
だが、グローバルにおけるSDVの主導権争いはこの1~2年が山場だと踏んで、可能性については徹底的に追求し、仮に他のアライアンスやIT企業との融合がベターチョイスになったとすれば、それはそれとして柔軟に対応するということだろう。
こうした両社の思考は、激変する自動車産業界の現実を間近で見ている筆者としては十分理解できる。
SDV以外の4領域については、共同研究の領域というよりは、現行のビジネス領域における協業だ。
順に見ていくと、バッテリー領域では、仕様の共通化、相互供給を中長期的な視野で検討する。具体的な事例としては、ホンダと韓国LGエナジーソリューションの合弁企業で生産するバッテリーを、2028年以降に北米で販売する日産車に供給する。
次は、e-Axle(イーアクスル)領域だ。
e-AxleはEVの動力装置を一体化させたものを指す。主要な構成品は、モーター、インバーター、そしてギアだ。
日産では近年、「X-in-1」という表現を使い、これら3つの構成品以外の機構もe-Axleに組み込んで一体化・小型化する研究開発を進めている。
今回明らかになったのは、ホンダと日産で「まずは、モーターとインバーターを共有化すること」だ。
「まずは」という表現があるように、今後はe-Axle全体の共有化が進むことになるのだろう。
また、会見の中でホンダの三部敏宏社長は日産と共有化するモーターとインバーターについて、すでに両社で取引のある日立Astemoがサプライヤーになることを明らかにした。
同社はホンダ系部品会社などが合併して誕生した。
このほか、バッテリーやe-Axleといった部品単位ではなく、新車そのものについてもホンダと日産は相互補完を強化する。
相互補完とは、いわゆるOEM(オリジナル・エクイップメント・マニュファクチャリング)供給のことだ。
どの国や地域でどのモデルでの相互補完を行うか、現在検討中で今回はその詳細を明らかにしなかった。
ガソリン車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、EVなどすべてのモデルが対象となる。
そして、エネルギーマネージメント領域についても国内市場を視野に協業を検討中だ。
充電インフラ、バッテリーのリユースやリサイクルといった循環型の環境関連事業など、両社が現在進めている研究開発や実証試験、そしてすでに実施している事業について今後の方策を練る。
以上、見てきた5つの領域を進める理由は、大きく3つある。
新規の技術研究開発における初期投資削減、量産効果、そして先行き不透明な市場環境へ対応するための経営の自由度の確保だ。
今回の会見を通じて感じたのは、そうした経営における「事業の最適化」が優先され、それぞれのブランドのあり方についての説明が目立たなかった点だ。
EVやSDVで先行する、米テスラや中国BYDへの対抗意識、自動車産業構造の急激な変化に対する危機感への対応が優先されている印象だ。
部品の共通化や、新車とサービスの相互補完がさらに進む中で、ホンダと日産のブランド価値をユーザーはどう捉えるようになるのか?
今後の2社の技術連携の進捗を注意深く見ていきたい。
専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。