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ITS業界記事 自動運転レースとAI開発者人材育成のこれから

 モータースポーツの自動運転化

クルマの次世代技術化が進む中、モータースポーツは将来、自動運転になるのだろうか?
また、2024年に次いで2025年の東京開催も決まった「フォーミュラE」のように、モータースポーツは今後、EV化が急激に進むのだろうか?

そんなイメージを持つ人がいるかもしれない。
なぜならば、自動車産業史においてモータースポーツはいつの時代も、その時点での最新テクノロジーを盛り込んできたからだ。

例えば、エンジンの大出力化や大トルク化、高速走行でのタイヤ性能の向上、流体力学を用いたボティ形状、次世代燃料や電動化による環境性能の向上などが挙げられる。そして今、自動車産業界は100年に一度の大変革期に突入している状況だ。
モータースポーツに現時点での次世代技術が盛り込まれるのは当然のように思える。

そうした中で、近年注目が集まっているのがモータースポーツに対する自動運転技術の導入だ。

 自動運転マシンへの同乗試乗

例えば、2024年3月に始まった「アブダビ自動運転レーシングシリーズ(A2RL)」がある。その名の通り、中東のオイルマネーがシリーズの後ろ盾となり、世界各地のチームが参戦する形だ。
使用する車体は、日本で開催されているスーパーフォーミュラのSF23がベース。自動運転仕様として、Sony製の360度カメラや各種レーダー機器を搭載する。
参加チームは、主催者から提供されるソフトウェア上で走行データを最適化して、サーキットでの周回タイムを競う。

11月に三重県鈴鹿サーキットで開催されたスーパーフォーミュラ第8戦では、観客の前でデモンストレーション走行を行った。衛星測位システムで概ねの自車位置を確認しながら、そして自車の各種センサーによって周囲の状況を学習しながら、よりベターな走行ラインやパワートレインの出力制御を行う。
まさにドライバーレスでの走行だが、モータースポーツファンから見れば「ドライバーを応援しているのに、ドライバーがいないレースって…」と思うだろう。
残念ながら、A2RLマシンのデモンストレーションを現場で取材することはできなかったが、筆者はこれまで、世界各地でさまざまな自動運転レーシングカーに試乗している。

その中で最も印象に残っているのは、ドイツのアウディが2015年に米カリフォルニア州のインフェニオンレースウェイ(当時)で実施した自動運転マシンへの同乗試乗だ。
アウディ量産モデルラインアップの最高峰、「R8」をベースとしたもので、車体後部にはデータ処理のための大型機材が搭載されていた。今ならば、半導体の性能が当時と比べて格段に向上しており、またエヌビディアやクアルコムが提供する制御基盤のSoC(システム・オン・チップ)による量産効果によって、自動運転に関する制御機器はかなり小型化している。

いずれにせよ、クルマ本体の動きとしては、アウディの自動運転車のパフォーマンス性の高さに心底驚いたことを思いだす。
運転席にはアウディの開発者が座っているのだが、ハンドルを操作しない「ハンズオフ」の状態で、足元のペダル操作もなし。これで直線速度は時速240kmを超え、またヘアピンカーブの進入時はフルブレーキをかけるなどして、起伏の激しい同レースコースを全開走行してみせた。

筆者は80年代から90年代にかけて、同レースコースで各種モータースポーツに参戦しており、アウディ自動運転車の優秀さをしっかり評価することができた。
こうした技術が、アウディを含むフォルクスワーゲングループ全体のADAS(先進運転支援システム)の量産技術に応用されていることは間違いない。

 技術者の育成を目指した産学官連携のコンテスト

自動運転に関する基礎技術や法整備について、日本では産学官連携の国家プロジェクトであるSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)が2014年から2期間・9年半に渡り各種の実績を上げた。
だが、直近では欧米を起点としたSDV(ソフトウェア・デファインド・ヴィークル)という技術的な発想が日本を含めてグローバルで浸透しているところだ。
SDVでは、いわゆるAI(人工知能)に関わる領域が少なくないのだが、こうした新技術の人材が不足していると言われている。

国としては、経済産業省が「モビリティDX戦略」の中で人材育成を推進しており、その一環として日本自動車技術会と連携して実施している「自動運転AIチャレンジ」がある。
これまで、ゴルフカートなどを使った比較的低速に走行する車両を用いて大学の敷地内などで行ってきた。今年は、電動モーターを搭載するレーシングカートを使い、都心のレーシングカートコースを舞台として争われた。

競技全体の流れとしては、予選をオンラインのシミュレーションで実施。これは主催者側が用意した、デジタルツイン指向で設定されたコースでのタイムトライアルだ。オープンソースであるAutowareを用いたもので、その基本構造や使い方も学ぶ形だ。
用意されたパラメーターを調整することで、自動運転レーシングカートの動きを制御することに加えて、必要に応じて参加者が独自のアルゴリズムを開発して導入することも可能とした。

そして決勝では、実車の電動レーシングカートに対してAutowareのパラメーターを調整するほか、シミュレーションでは対応しなかったノイズ処理や、データ送信における遅延対策のアルゴリズム開発も含まれる。

参加者は大手自動車メーカー、ADAS量産開発をする大手自動車部品メーカー、一般企業従事者、学生など様々で、基本的には企業の場合は社員個人が参加するクラブ活動のような形式をとっている。

決勝の現場を取材したが、スタートできないチームや、スタートしてもコース上で立ち往生したり、コース脇の衝突軽減バリアにつっこんでしまったりと、苦戦するチームが続出。主催者によれば、ある時間帯で場内の通信環境に課題があったようだ。
通信環境が改善される中、ラップタイムを更新していくチームもあれば、上手く走らせることができないチームもあるなど、パフォーマンスにはかなりの差があった。

驚いたのは、成績上位がすべて、自動車産業界のプロではないことだ。自動車メーカー等の技術者の場合、前述したアルゴリズムの独自化に凝り過ぎてしまうこともあるのではないだろうか。
一方で、Autowareの基本機能に沿ってパラメーターを調整するほうが、着実にラップタイムを上げることができたのかもしれない。または、AIに対する優れた人材が参加しており、多様な戦略を駆使して見事な走りを見せたのかもしれない。

いずれにしても、AIを活用した自動運転開発において、日本では今後、人材育成が重要であることを強く感じた取材の現場であった。

記事のライター

桃田 健史氏

桃田 健史   自動車ジャーナリスト

専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。
一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。
インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。
海外モーターショーなどテレビ解説。
近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラダイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。

 

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